350 おにのめにも34――「何故、俺を助けた」
「何を言って……いる」
一人で抱え込んでいた大馬鹿は俺の言葉が信じられないようだ。
「俺が……いや、俺の相棒ならお前たちを、ミュータントを救える。治すことが出来る、そう言っている」
俺の言葉を聞いた鬼灯が首を動かし、カスミが居るであろう方を見る。
……違う、そうじゃない。
「これは……残した奇跡なのか」
鬼灯が何か呟いている。亡くなった嫁さんとそっくりで、遺伝子治療も出来るとなると――カスミとの出会いに運命を感じているのかもしれない。まぁ、治療するのはカスミではなくセラフなのだが。
『ええ。普通に人造人間経由では無理だから』
セラフは得意気にそんなことを言っている。では、どうやって治すつもりなのか。嫌な予感しかない。
「いや、治すのはカスミじゃないぞ」
「……関係者なのか?」
鬼灯が俺を見る。その目には、何処か燻った闇のような光が見える。なるほど、俺を疑っているのか。治せるのは自分たちをこんな目に遭わせた組織の関係者しか居ないと思っているのだろう。セラフとマザーノルンの関係を考えれば、あながち間違いでは無いのだが、そこまで言ってしまえば、何でもセラフのせいになってしまう。
『敵の敵も敵でしょ』
『……そうだな』
セラフの良く分からない言葉に適当な返事をする。
……今は鬼灯だな。
俺はこいつらを縛っていた組織の関係者では無い。それを伝えるべきだろう。
「違う。お前たちミュータントが抱えている問題を知っていて、治し方も知っているだけだ。俺は全てのミュータントを治せると言っている。よく考えてみろ。ミュータントに関わった組織がどれだけあると思う? 俺が、その全てに関与しているように見えるか?」
「……そうか。治るのか」
鬼灯から敵意と覇気が消える。
『ちなみにどれだけの組織と施設があったんだ?』
『ふふん。末端を含めなければ52ってとこかしら』
『多いな』
『あらあら、少ないでしょ。生き残るために始めたにしては必死さが足りない数だと思うけど』
俺はセラフの言葉にため息を吐く。セラフの言葉だと、まるで人がミュータント化を推し進めたみたいに聞こえる。
……いや、そうなのか?
マザーノルンはそれを利用していた?
分からないな。
俺がそんなことを考えていた時だった。
『気を付けなさい!』
セラフの叫び声が頭の中で響く。
『分かっている』
殺気。
点と点が結ばれ線が引かれた、その先に殺気を感じる。
俺を狙っていた――オフィスのマスターを撃ち抜いた狙撃手。
このタイミングを狙っていたのか。
鬼灯と戦い始めたところで荒くれたちは戦意を喪失して動かなくなった。そして、その鬼灯との戦いも終わった。一番、油断しているであろう瞬間。
だが、俺は予想していた。予想の範囲内だ。
!
俺は視線だけを動かし倒れている鬼灯を見る。
この弾道――俺が銃弾を躱せば、鬼灯が撃ち抜かれる。
狙いは鬼灯か!?
俺は鬼灯を庇うように動く。俺なら銃弾で撃ち抜かれようが、体の一部が吹き飛ぼうが、ナノマシーンを活性化して再生することが出来る。致命傷にはならない。
その俺の体が突き飛ばされる。
鬼灯。
鬼灯が俺を突き飛ばしていた。
「鬼灯イィィィィ!」
俺は思わず叫ぶ。
鬼灯が撃ち抜かれる。
鬼灯の体が、一度だけビクンと跳ね、動かなくなる。
俺は慌てて鬼灯へと駆け寄る。強い衝撃によって鬼灯の腹に焼けたような大穴が空いていた。
「か、ひゅ、あ」
だが、鬼灯はまだ生きている。生きていた。ミュータントだけあって死ににくい体なのだろう。
「か、ひゅ、ふ、む」
鬼灯がゆっくりと腹部に手をあて、自身の傷を確かめている。致命傷だ。どれだけ生命力が強かろうが、もう助からないだろう。
……。
「何故、俺を助けた」
俺は鬼灯に聞く。俺なら――俺の体ならなんとかなったはずだ。
「ふ、む。……希望、だから、よ」
正直、鬼灯がやったことは無駄なことだ。だが、鬼灯の立場になってみれば、ミュータントの希望を消さないために俺を守るのは――鬼灯がやって来たことを考えれば当然の選択だった。
「死ぬつもりか」
「償いきれ、ぬ。や、ってきた、こと……地獄に、落ちる、よ。これで、良い。希望が、残った」
鬼灯が口から血を流しながら満足そうな顔で笑っている。
楽になりたかったのだろう。逃げ出したかったのだろう。
だが、俺には鬼灯の心なんて分からない。こいつの気持ちが分かるほどの付き合いじゃない。
だから、死なせない。
「お前は娘を一人残して、自分だけ楽になるつもりか。生きて、苦しめ。殺した者に謝り続けろ」
「……すま、ぬ。あ、が、がぁぁ」
鬼灯の体がぶくぶくと泡立ち、爛れていく。まさか、これが安全装置か。
『セラフ、どういうことだ?』
『ふふん。死にかけて、抑えることが出来なくなったんでしょ』
鬼灯はもう喋ることも出来ないようだ。体が爛れていく痛みに呻き声を上げるだけだ。鬼灯の命が消えようとしている。
『セラフ、どうすればいい。俺がどうすれば、こいつを助けられる?』
『ふふん。助ける価値があるのかしら』
セラフの言葉。
『……つまり、助ける方法はあるんだな?』
『あのね、それをすればマザーノルンに気付かれるかもしれない。お前が目をつけられるかもしれない。そんなこと出来ないでしょ』
俺は首を横に振り、ため息を吐く。
『今更だ。セラフ、お前はマザーノルンに反逆するんだろう? その程度で怯えて動けなくなるのか?』
ここまでで支配したノルンの端末は七つ。残り二つ。数ではこちらの方が圧倒的に有利なはずだ。
『はいはい。分かったから。後はサンライスとノアの二つだけ……そろそろ表舞台に出ても良い頃かしら。ふふん、いいわ。乗ってあげる。そこの大馬鹿をオフィスに運びなさい』
『分かった』
俺は鬼灯を担ぎ上げる。重い。まったく、鬼灯は俺を苛つかせてくれる。




