348 おにのめにも32――『セラフ、お前なら治せるんだろ?』
荒くれたちを吹き飛ばし、無理矢理開いた道を駆け抜ける。駆け抜けた先、そこにはヨロイの一つがあった。
「んだと、こんな場所までよぉ!」
こちらに気付いたヨロイがこちらに振り返り、手に持った大盾を俺へと叩きつける。俺はとっさに獣人化した右腕で、大盾を受け止め――切れない。重い。とっさに両足も獣人化させて、衝撃を逃がし、受け止める。
「な、んだ、と。馬鹿な! この餓鬼、受け止めやがった!」
搭乗席の荒くれは俺がヨロイの一撃を受け止めたことに驚いていた。
『本当に驚きだわ。パンドラを搭載したヨロイの力に耐えるなんて、おかしいでしょ』
『そうか?』
『はぁ? おかしいに決まってるでしょ。力の差を考えたらどうかしら。普通の人を1としたら、群体を活性化させたお前が10、パンドラ駆動のヨロイが最低でも100、これくらい力の差があるの! 覆せる訳が無いでしょ』
セラフは何やら良く分からない理論で解説しながら早口に捲し立てている。
俺はこちらを押し潰そうとしている大盾に耐えながら、ため息を吐く。要はタイミングだ。後はこちらにかかっている力をどう受け流していくか、それだけだ。ナノマシーンを制御出来るようになって体の――全身の力の加減が自由自在になった今、大地を味方にすればこれくらいは出来るだろう。
『……それよりもセラフ、分かっているだろ』
『はいはい。すでにこれのシールドは無効化しているから』
セラフがそう言った次の瞬間には轟音が響き、目の前のヨロイが大きく吹き飛んでいた。ドラゴンベインの150ミリ連装カノン砲による攻撃だろう。
爆風とともに砕けたヨロイの破片が俺に降り注ぐ。
『俺を殺すつもりか』
『ふふん、お前はその程度じゃ死なないでしょ』
これで残るヨロイは……二体。
俺は改めて周囲の状況を確認する。カスミはグラスホッパー号に乗り込み、その機動力で連中の攻撃が分散するように陽動役をしてくれている。セラフは、この地域を担当していたノルンの端末の枷が無くなったからか、ドラゴンベインを遠隔操作して、のびのびと攻撃を繰り返していた。大盾持ちのヨロイが居なくなれば殲滅は容易いだろう。
これだけの騒ぎを起こしているのに、この街の住人たちが集まる気配は無い。野次馬には来ないようだ。夜だからという訳では無く、関わり合いになりたくないのだろう。オフィスの中に居るクロウズの連中が出てくることもない。こちらは様子見という感じだろうか。
鬼灯は――二台目の装甲車を真っ二つにしていた。これで装甲車は残り八台。味方相手に無邪気に暴れている。
『あいつは何がやりたかったんだろうな。旅をしていた理由は分からないが、あまり仲間意識が無いのかもしれないな』
『ふふん』
セラフがいかにも意味がありそうに笑う。いつもの思わせぶりなだけの態度だろう。
『あらあら、あいつがあんなことをやっている理由が分かったのに、知りたくないのかしら?』
『どうせ、力を誇示しようとしているだけだろう?』
『ふふん』
セラフが笑う。
「殺せ」
「囲めば何も出来ねぇはずだ!」
俺はこちらを取り囲もうとしている荒くれを蹴り飛ばしながらため息を吐く。
『それで?』
『時系列順の説明が希望? それとも要点を押さえたものが良いかしら? それとも面白おかしく? ふふん』
人造人間のカマセは鬼灯の幼なじみをコピーしていた。そちら経由で鬼灯の情報が残っていたのかもしれない。
『それで?』
『ふふん。あいつが味方を殺しまくっているのは救済ね。あいつはあれで救っているつもりなのよ。笑えるお馬鹿さんでしょ』
……。
『意味が分からないな』
俺は荒くれから奪った小機関銃を乱射しながら、走る。
『あいつは元々、幽霊と呼ばれる殺手だったみたいね。人を殺すことに特化した殺し屋ってこと。そういう方向に調整されて、そういう組織に居たみたい』
『それで?』
俺は弾の切れた小機関銃を投げ捨てる。
『お決まりの行動ね。ふふん。組織に反抗して、組織を潰した。そして家族同然の仲間たちとここに住み着いたみたいね。だから一家なんでしょ』
『家族同然なら、なおさら殺す意味が――戦っている理由が分からないな』
俺は幅広の曲刀で斬りかかってきた男の攻撃を獣化した右手で受け止め、蹴り飛ばす。
『あら? 殺し屋を育てるような組織が安全装置をつけていない訳が無いでしょ』
『そういう衝動が起きるってことか?』
だから仲間内で頃し合いをしている?
『残念、不正解。遺伝子異常が起きて長く生きられないようになるの。激痛とともに体全体が醜く爛れ、身動きが取れなくなって、衰弱死するまで痛みが続くみたい。わぁ、残酷。そこの組織担当者は連中を使い捨てで考えていたみたいね。短いサイクルで、錬磨させようと実験していたんでしょ』
『その割には……こいつらは普通に生きているだろ?』
『どうも上手く作動しなかったらしいわ。それが反逆が成功した理由でもあるのだけど。ふふん。でも爆弾を抱えていることには変わりない。いつ爆発してもおかしくない』
『……なるほど。爆弾が爆発する前に、痛みを感じることが無い一撃で殺して救っているつもりなのか、鬼灯は。これも慈悲か?』
『面白いのはこれからよ。それを知っているのはあいつとカマセ君だけだったみたいね。ふふん。それであいつ、周囲には武者修行に出るって言って治療法を探しに行ったの』
それが旅に出ていた理由か。
里帰りと言っていたが、治療法が見つかったのか?
……。
見つかっているなら今みたいに殺すことはしないか。
『それで?』
『ふふん。鬼灯君は長い旅の末に遺伝子治療の専門家を見つけたました。おめでとうだね』
俺はセラフの小馬鹿にした態度にため息を吐きながら、荒くれをのしていく。
『そこで被検体として頑張っていた鬼灯君は、なんと、その遺伝子治療の専門家の女との間に子どもまで作ったのでした。でもでも、ふふん、その女が事故で亡くなっちゃいました。まだ治療は途中です。治療法も完成していません。さてさて、困った鬼灯君、さてどうしたでしょう?』
俺はため息を吐く。
『それが隠された事実か? セラフ、お前の創作ではないのか?』
『あらあら。いくつもの情報の断片から見つけた真実よ』
セラフが俺にこの事実を教えた理由。
戦っている鬼灯。よく見れば苦しまないように全て一撃で殺している。
なるほどな。
何も思っていないようだが、心の中では慟哭しているのかもしれない。
『セラフ、お前なら治せるんだろ?』
『ふふん。当然でしょ。私を何だと思っているのかしら』
セラフは得意気に笑っていた。




