346 おにのめにも30――『汚い花火が綺麗に飛んだな』
「カスミ、こいつを頼む」
「分かりました」
俺は転がって戦意を喪失している鬼灯をカスミに任せ、周囲を見回す。
さて、残りを片付けるか。
「死にたい奴からかかってこい」
俺は獣化した右腕をちょいちょいと動かし挑発する。
「んだと!」
「死にさらせ!」
「餓鬼が舐めやがって!」
荒くれたちが分かり易く騒ぎ出す。今さっき俺が鬼灯を倒したところなのに、それでもこいつらは俺との実力の差が分からないようだ。
……だから、荒くれなんてものをやっているのだろう。
「相手は一人だ、囲め!」
「へへへ、右腕が動かなくなってるから、そこを狙えば……」
「おい、馬鹿。あれは左腕だろ。箸を持つ方が……あれ? あってる?」
「奴は武器を持ってねぇ。囲んで撃ち殺せ」
「餓鬼が、舐めやがって。俺たちの恐ろしさを思い知らせてやる」
荒くれたちが手に持った銃火器で俺の動きを牽制しながら、こちらを取り囲むように動き出す。俺は隣のカスミを見る。連中の銃口は俺にだけ向けられている。どうもカスミは奴らの攻撃対象に入っていないようだ。カスミを無視している訳では無く、俺だけを殺すつもりなのだろう。
『セラフ』
『はいはい』
俺はセラフに呼びかける。セラフなら俺が言うまでも無く準備をしていたはずだ。
次の瞬間、俺を取り囲もうとしていた荒くれたちを中心に爆発が起こった。荒くれたちが漫画みたいに吹き飛んでいる。
『汚い花火が綺麗に飛んだな』
セラフによるドラゴンベインの一撃。鬼灯とは一対一で戦った。それは俺の力を思い知らせるためだ。だが、この俺を取り囲もうとしている荒くれ連中を相手に、そこまでやってやる必要は無い。分かり易く、今度はクルマの力を思い知って貰えばいい。
ん?
ドラゴンベインに搭載された150ミリ連装カノン砲による一撃……だが、思っていたよりも荒くれたちが死んでいない。直撃では無かったのか、それともミュータント化したことによる種族的な頑丈さなのか。
『あらあら、お優しいお前なら出来る限り殺さないように、とか言うと思ったんだけど』
『俺は死にたい奴はかかってこいと言った。忠告はした。それでも、俺に襲いかかろうとしたのは、こいつらの勝手だろう? 忠告を無視するような奴は殺しても構わない』
『ふふん。いいのかしら? 私はその方が楽だからいいけど』
セラフは、俺に、本当にそれで良いのかと問いただしている。人殺し? 大量殺人? 今更だろう。好んで人を殺すつもりは無いが、必要なら殺す。それだけだ。
キュルキュルと音を立て、オフィスの駐車場からドラゴンベインが現れる。
「クルマだ」
「あの餓鬼の仲間か!」
「街中で撃ちやがった!」
「ぶっ殺してやる」
「おい、誰か、こっちもクルマを持ってこい!」
「いや、クルマよりもヨロイだ。ヨロイで潰せ!」
荒くれたちはやる気十分だ。鬼灯をこちらが押さえているのに、それが見えていないかのような動きだ。
……。
この街は強さが重要視される。もしかすると、鬼灯は、俺に負けた時点で連中に対する強さという信頼を失ったのかもしれない。
鬼灯というトップを失い、統制が取れなくなった荒くれたちは分かり易く暴走している。このままでは全面戦争だろう。だが、それも仕方ない。こちらを舐めて、襲いかかってくるというなら、俺はそれに抗うだけだ。容赦はしない。
!
俺は何かが迫ってくるのを――何かの気配を感じ、とっさに獣化した右腕で頭を庇う。その右腕が弾けた。
『狙撃、だと』
『ええ。そのようね。距離は先ほどよりも近い。ふふん、これなら補足出来るわ』
俺は弾け飛んだ右腕を見る。
俺が狙撃された? 転がっている鬼灯なら、まだ分かる。だが、何故、俺だ? この攻撃はオフィスのマスターを狙撃した奴と同じ奴によるものだろう。
『……俺を狙う理由が分からない』
『ふふん、オフィスを守っていると思われたんじゃない?』
狙撃手が鬼灯の仲間だった……ということは無いだろう。リバーサイドの一員で間違いないはずだ。となると、それだけ俺の力を脅威だと思ったのか?
「奴は右腕も使えなくなったぞ!」
「殺せ!」
「誰が撃ったか分からないがグッジョブだ」
「このまま撃ち殺せ」
「待て! 揃ってからだ」
俺の両手が使えなくなったことで荒くれたちが活性化している。元気にのびのびと育っているようだ。
両腕は使えなくなった。だが、クルマは健在だ。いくらでもこいつらを攻撃することは出来る。それに、だ。吹き飛んだ右腕は再生させようと思えばすぐにでも再生出来る。
「クルマが来たぜ!」
「餓鬼のクルマをぶっつぶせ!」
ずんぐりとした体型の装甲車が三台現れる。さらに頭の部分が座席になっている作業用の人型ロボットのようなものまで現れる。作業用ロボットは巨大な鉄板を盾のようにして持っていた。
チョーチン一家のクルマとヨロイだろう。
こちらの戦力は俺とセラフとカスミ。それにクルマが二台だ。少々、厳しいかもしれない。
「これだけじゃあないぜ」
「チョーチン一家を舐めるなよ!」
「もっとクルマとヨロイを持ってこい!」
荒くれたちが叫んでいる。
キノクニヤの街を暴力で支配している連中の持っているクルマが三台だけのはずがない、か。
『追加されて当然か、やれやれ』
『あらあら。随分とのんきね』
俺が肩を竦めるとセラフはのんきに笑っていた。
「先生方も呼んでこい! タダ飯食らいに仕事をさせろ!」
荒くれたちが叫んでいる。
装甲車がさらに七台追加される。その装甲車はどれも似たような姿をしていた。
『同系統か? もしかすると、こいつらのクルマは同じ遺跡内で発掘されたのかもしれないな』
『ふふん。まずそうでしょ』
複数の同系統のクルマが眠る遺跡、か。軍事施設とかだったのかもしれない。
さらに、そこらの荒くれとは放っている殺気のレベルが違うような奴らまで現れる。
連中が攻撃をしてくる様子は無い。戦力が揃うのを待っているのだろう。
俺一人を殺すのに随分と過剰な戦力だ。こいつらは、それだけ鬼灯を倒した俺を恐れているのかもしれない。




