344 おにのめにも28――『おいでなすったか』
まだまだ元気に意気がっている連中を無視してオフィスの外に出る。まだ鬼灯たちは来ていないようだ。
『ふふん。クルマで待ち構えたらどうかしら』
『不要だ』
『あら、そう?』
セラフが言うようにクルマを用意して、やって来る連中をぶちのめした方が合理的だろうし、効率的だ。セラフの方が正しいだろう。カスミだって、拘束されているとはいえ、自力でなんとか出来るだろう。それだけの能力は持っている。だが、それでは面白くない。
『あらあら、自分の命をそんな簡単に賭けるなんて、お前はお馬鹿さんなの?』
『賭けるまでもないってだけだ』
俺は肩を竦め、その場で待つ。
……。
『おいでなすったか』
そして、現れる。
鬼灯を先頭として、荒くれ者たちが道幅一杯に広がって歩いてくる。力で周囲を黙らせる荒くれらしい威風堂堂とした行進だ。
「よぉ、鬼灯」
俺は先頭の鬼灯に手を振る。その横には手錠のようなもので拘束されたカスミとカマセの姿があった。
「ふむ。ガム、か」
鬼灯が俺に気付き、俺を見る。鋭い眼光――心の弱い者なら、それだけで身を竦ませ、逃げだしてしまうだろう威圧感だ。
「ここに来た理由はなんだ? カスミを拘束した理由はなんだ? まさか、こんな風に恩を仇で返されるとは思わなかったな」
「ふむ。受けた恩なら返したと思ったが?」
俺は鬼灯の言葉に肩を竦める。確かにオフィスのマスターを紹介して貰った。それで貸し借りはゼロになっていた。
「三日間の間に何があったか分からないが、オフィスに反逆するのは少し無謀じゃないか?」
「なに、反逆はせんよ。ただ、ケジメを取らせるだけよ」
鬼灯がニヤリと笑う。そして、カマセを引っ張り地面へと転がす。
「若、なんでこんなことをするんだよ。昔の……一緒に強くなって見返してやろうと約束した仲じゃあないか。これは酷いじゃあないか」
地面に転がされながら抗議しているカマセを、鬼灯は冷たい目で見ていた。
「旅から帰ってみれば昔馴染みが、カマセと名乗り、違う生き物になっていた。これはどういうことか」
その鬼灯が俺を見る。
どういうことだ?
鬼灯と人造人間のカマセは幼なじみか何かだったのか。いや、カマセの元になった人間が、か。
『むう。人造人間は元になった人間が居る場合は、その記憶を完全に複写しているから。外見、記憶、性格、仕草、全て完璧なはず。見破れるはずがないわ』
元になった人間、か。
『そいつは生きているのか?』
『少し考えれば分かるでしょ』
偽物が成り代わるなら、本物を生かしておく必要は無いな。
「鬼灯、いや、幽霊。これを外してくれ」
カマセが拘束された両手を鬼灯の前へと突き出す。カマセは鬼灯のことを幽霊と呼んだ。多分、鬼灯とカマセだけで通じる暗号みたいなものなのだろう。
「幽霊……そうか、そうだったな。よかろう、自由にしよう」
鬼灯が得物に手を乗せる。カマセの顔には安堵の、勝利を確信した時に浮かべるような笑みがあった。
そして、次の瞬間、カマセの首が宙を舞っていた。
鬼灯が引き抜いた得物を鞘に収める。神速の居合い斬り。今回も俺の目ではその動きを追うことが出来なかった。なかなか厄介な一撃だ。
「いいのか? あんたの昔馴染みだろう?」
俺は素知らぬ顔で鬼灯に話しかける。
「こやつらはな、命の音が違う」
鬼灯はそれだけ言うと得物に手を乗せ、俺を見る。
「それで? カスミを拘束している理由もそれか?」
「オフィスは化け物の巣窟よなぁ」
鬼灯が拘束されているカスミを見る。鬼灯は、カスミが元々はオフィスの職員だったことを知っていたようだ。
「それで? 鬼灯、あんたがカスミに執着していた理由はそれか?」
鬼灯は首を横に振る。
「似ていたのよ、あれの母親に」
あれ……鬼灯の娘のことだろう。
「そうか。それで? それが何故、拘束することに繋がる?」
「これ以上の問答が必要か」
鬼灯は得物に手を乗せたままジリジリとこちらへ近寄ってきている。居合いの間合いに俺を納めようとしている。
俺と鬼灯が戦う理由は……無い。
だが、戦いは避けられない。確かにこれ以上、言葉は必要ないだろう。何故と理由を聞く必要もないだろう。
やる、か。
こちらが臨戦態勢に入ったからか、周囲の荒くれたちも動き出す。
「親分、この程度の雑魚、俺に任せて……」
周囲の荒くれたちの中から空気の読めない巨漢が前に出て銃を構える。だが、次の瞬間には巨漢の銃身が消え、巨漢の体が斜めにずれていた。
「え? あで?」
鬼灯の神速の居合い二連斬り。銃を斬り落とし、巨漢を斬る。見えなかったが間違いなく二回斬っている。
あっさりと空気の読めない巨漢が死んだ。
「おいおい、味方だろう?」
「邪魔すれば斬る。間合いに入る者が悪い」
鬼灯はそれだけ言うと再び得物に手を乗せ、ジリジリと迫る。もう荒くれたちが動くことは無い。静かに見守っている。
『やれやれ、まったく命が軽すぎる』
『あら? お前がそれを言うの?』
『あの巨漢にだって家族が居たかもしれないし、大切な仲間が居たかもしれないだろう? 簡単に殺せるからって、見せしめのように――力を見せつけるように殺したら駄目だろう』
人を殺す。
力を見せつけるデモンストレーションとしては最高に効果的だ。だが、胸くそ悪い。




