342 おにのめにも26――「武器なんて捨ててかかってこいよ」
このままリバーサイドに向かってもろくなコトにならない。
……。
ここに転がっている人形はセラフが上手いことやってくれるだろう。この部屋には俺とオフィスのマスターだったものしか無い訳だが、それで疑われることは無いはずだ。事後処理を気にする必要は無い。
『まぁ、俺は巻き込まれただけだしな』
『ふふん』
俺は大きくため息を吐き、部屋を出る。そして、そのままエントランスを目指して歩く。
『ふふん。それで、どうするつもりかしら』
『ここにはリバーサイドから出向しているクロウズたちが居るだろう? そいつらに案内させる』
そいつらに案内させれば誤解されることも無いだろう。
俺は歩きながら大きくため息を吐く。
『あらあら、何度目のため息かしら。幸せが逃げるんでしょ』
『狙撃して、人形を壊して、それだけでオフィスに制裁したつもりになっていると思うと愉快だろう?』
この狙撃手は優れた腕前だろう。オフィスのマスターを狙えたチャンス、それをしっかりとものにしている。だが、相手が悪かった。狙撃手は成功した気分だろうが、この狙撃は失敗だ。そう、やったことはただ人形を壊しただけ、オフィス側には何の痛手にもなっていない。オフィスは新しい人形を表に出して、そいつを次のマスターにすればいいだけだ。
『あら? 痛手は痛手だから。人形も貴重なんだから』
『はいはい、そうだな』
結果は俺たちの邪魔をされただけだ。もし、セラフが間に合ってなければ、ただ面倒なことになっていただろう。
この狙撃手、腕は優れているが短慮だ。次に狙うのはチョーチン一家の鬼灯だろうか。普通に考えれば、そうだろうな。オフィスのマスター、チョーチン一家の鬼灯、この二つを潰せばキノクニヤは陥落する。リバーサイド側がトップになるのだ。
……。
『セラフ、ノルンの端末はどんなシナリオを用意していたんだ?』
『あら? ネタバレ希望かしら』
『消えたシナリオだろう? 無くなったものだ。ネタバレもクソもない』
俺の言葉にセラフは楽しそうに笑う。
『確かに、そうね。ふふん。お互いつぶし合うように勢力を二分化させたみたいね。特に自分の手を離れ、動きが予測出来なくなったリバーサイド側の調整をするためにチョーチンの力を高めようとしていたみたい。ふふん、将来有望なお前もチョーチン側の戦力にしようとしていたみたいね』
『それはそれは俺の能力を買って頂いてありがたいことで』
俺は歩きながら肩を竦める。
『そして、最後は強化したハンザケの集団に襲わせて、一度全てをまっさらにするつもりだったみたいね』
俺はセラフの言葉に息をのむ。制御しきれなくなったから、つぶし合わせ、最終的にまっさらにするつもりだったのか。あの大蜥蜴の集団は偶然ではなく、用意されたものだったのか。不具合が起きたらリセット、か。何とも機械らしい合理的で情の無い選択だ。
俺はエントランスへと戻る。狙撃など無かったかのように何食わぬ顔で受付の仕事をしている人造人間たちを横目に、俺は屯している連中を見る。夜になったからか、クロウズ連中が集まっている。
『セラフ、どいつがリバーサイドだ?』
『ふふん。そうね……む』
セラフが突然、口ごもる。
『どうした? 何かあったのか? 問題発生か?』
俺は周囲を警戒しながらセラフの言葉を待つ。
「おい、餓鬼。奥に行っていたみたいだが調子に乗るなよ」
その俺に図体ばかり大きくて実力が伴っていないクロウズの一人が絡んでくる。
「リバーサイドのことを嗅ぎ回ってるようだがなぁ、ぶべら」
俺はその絡んできたクロウズに裏拳をたたき込み、静かにさせる。どうやら、こいつはリバーサイドからの出向組のようだ。だが、頭が悪すぎて、これでは話にならない。馬鹿と一緒にリバーサイドに行っても要らないことを口走って面倒事を増やすだけだろう。
さて、と。
俺が絡んできたクロウズを静かにさせたからか、座ってこちらの様子を窺っていた連中が一斉に立ち上がった。
……こいつら、全員、か。
俺は大きくため息を吐く。
こういうのも乗りかかった船と言うのか? まぁいいさ。舐められたお返しをする機会が回ってきたと思おう。
「武器なんて捨ててかかってこいよ」
俺は立ち上がった連中を挑発する。そのまま乱戦となる。飛びかかってきた男の首を掴み、押し倒し、そのまま突っ込んできた男を蹴り飛ばす。仲間に当たるのを恐れてか銃火器は使えないようだ。それとも使うまでもないと思っているのか。
殴る、蹴る、掴む、掴まれる、投げる、蹴る。
乱闘が始まる。
『はぁ。お前は何をやっているの?』
しばらく喧嘩を楽しんでいるとセラフから言葉が返ってきた。
『それで? どういう状況だ?』
『不味いわね。チョーチン側の端末が鬼灯に押さえられたわ』
俺はセラフの言葉に目の前の男を殴ろうとしていた手が止まる。
『あのカマセという人造人間か。カスミは?』
俺は迫る拳を払いのけ、目の前の男に肘を叩き込む。
『抵抗しないようにさせてるから』
一応カスミは無事なようだ。
『それで?』
『鬼灯の方が一枚上手だったようね。こちらに向かってきているわ』
鬼灯がオフィスに?
なるほど。
本当に一枚上手だったようだ。
鬼灯がオフィスに辿り着く前に、ここのクロウズ連中は急いで静かにさせた方が良さそうだ。
『ホント、なんでこんな騒ぎになっているのか分からないんだけど。お前は馬鹿なの?』
『舐められたままでは駄目だろう?』
オフィスの職員たちは乱闘騒ぎに動じること無く、静かにデスクワークを続けていた。ここでは乱闘騒ぎなんて日常茶飯事なのかもしれない。




