341 おにのめにも25――『確かに』
『セラフッ!』
俺は心の中で叫び、すぐに伏せる。キノクニヤのオフィスのマスターの頭が弾けた。狙撃だ。
ここはマスターと会話するために設けられたオフィスの一室だ。窓は一つ。その窓に小さな穴が空いている。外からの狙撃で間違いないだろう。
何者だ?
何故、オフィスのマスターを狙った?
ゆっくりと体を起こし、少しだけ顔を覗かせ、窓から外を見る。日は落ちている。外には月明かりが意味を無くすほどのネオンの煌めきが煌々と輝いている。
攻撃を受けている。
オフィスのマスターが破壊された。
『ふふん』
だが、セラフは笑っている。どうやら間に合ったようだ。
『セラフ、位置は?』
『あらあら、残念。範囲外ね』
セラフが範囲外と言うのだから、それはもうかなり遠くからの狙撃だったのだろう。そして、これだけ余裕な態度ということは、次の狙撃は無いということだ。
俺は完全に起き上がり、膝の汚れを払う。
『こいつと顔を合わせたのは一瞬だったか、その一瞬で間に合わせたのだから、さすがだな』
俺は転がっている頭の砕けたそれを見る。頭が砕けているのに一滴も血が流れていない。こいつはオフィスのマスターが使う人形だったのだろう。
『ふふん。当然でしょ』
セラフは得意気に笑っている。
『さすがは六対一だな』
『ふふん』
セラフは笑っている。
俺たちがマスターと顔を合わせたのは一瞬だったが、セラフには、それで充分だったようだ。
ここのノルンの端末はセラフが掌握した。これで全てが分かる。この街に来てからモヤモヤとしていた謎が全て解ける。
『それで、どういうことだ?』
俺はセラフに確認する。
『あらあら。お前はネタバレが好きだなんて、随分と無粋ね』
だが、セラフはそんなことを言って笑っている。
『それで?』
だが、俺にはそんなことは関係無い。
『はいはい。何から聞きたいのかしら』
俺が聞きたいことは何か?
色々と聞きたいことはある。
だが、まずはこれだ。
『だが、そうだな。狙撃したのは誰だ? 何の目的があってオフィスのマスターを狙った?』
『あらあら。さっき私が言ったことをもう忘れたのかしら。本当にお馬鹿さん』
なるほど。範囲外、か。
『だが、お前なら分かるだろう?』
『ふふん。当然でしょ』
セラフは間違いなく敵の正体に見当がついている。
『それで? セラフ、あまり勿体ぶるな』
『はいはい。あれは間違いなくリバーサイドの刺客ね。ふふん、狙った理由も想像が出来るから。なかなか表に出てこなかったマスターが現れるという情報を掴んで狙ったんでしょ』
ここでリバーサイド、か。
セラフの――いや、キノクニヤという街の領域外からの一撃。十キロメートル以上は離れているだろう。生身ではなく機械化しているのかもしれない。だが、そうだとしても異常な能力だ。そんな奴が孤児院の関係者だと。
『リバーサイド、まともな孤児院では無いようだな』
『当たり前でしょ。マザーノルンの実験施設の一つだから』
俺はセラフの言葉に大きなため息を吐く。
『またか。マザーノルンの実験施設が多すぎないか? どこもかしこもで実験だ』
この世界を支配しているのだから当然といえば当然なのかもしれない。だが、マザーノルンは俺たち人を実験動物扱いし過ぎではないだろうか。
『それで、ここでは何の実験をしていたんだ?』
『どうも、ここは他と少し路線が違うみたいね』
『路線?』
『ええ。ここで行っていたのは、どうやったら、どれだけ戦闘能力が高められるか。強くなれるか、の実験みたいね』
なるほど。
シンも、狙撃した奴も、そういうことか。強化されていた、と。
そして、このキノクニヤは力がものを言う街。強い者が正しい。
……。
なるほど、蠱毒だな。
蠱毒――キノクニヤという壺の中に、ミュータントや戦闘能力を高めた孤児たちという毒虫を入れて戦わせる。そういうことか。
『まさか、オフィスのマスターが攻撃されたのは……自作自演か?』
人形が壊れたところでノルンの端末からすれば痛くも痒くもないだろう。人形が壊れても次の人形を用意すれば良いだけだ。だが、こいつに誤算があった。それは、ここにセラフが居たこということだ。まさか、自作自演で襲わせる前に乗っ取られるとは思わなかっただろう。
『あらあら。妄想で盛り上がっているところ悪いけど、違うから』
『ん? どういうことだ?』
自作自演では無い?
『ええ。リバーサイドはノルンの端末の支配から抜け出している。戦闘能力を高めすぎたみたいね。ここの端末は人を甘く見すぎたってこと。いいザマだわ。結局、リバーサイドとオフィスで協定を結んで表面的に和解するしか無かったみたいよ。それがここ数年の出来事ね』
人を甘く見た、か。さっき言っていた想像という言葉もそうだが、セラフが随分と人間らしくなった気がする。これも端末を手に入れ、領域が増えた成果だろうか。
『あのオフィスに居たクロウズたちはリバーサイドからの出向組か』
『良く分かっているじゃない。一応の不戦協定を結んで、その監視を兼ねた協力者って立場と言えば分かるかしら?』
だから、リバーサイドのことを聞いた俺に敵対的だったのか。
クロウズであり、リバーサイドからの刺客であり、監視者である、か。
だから、オフィスはチョーチン一家を利用してリバーサイドと争うようにしていたのか。オフィスでは無く、外部のヤクザ者を操って戦力を削いでいた、と。
『なるほど。分かってみれば、大した謎でも無いな』
『ええ。そんなものよ』
そういう状況だったと分かってしまえば、シンと豚鼻の言葉にもいくつかの答えを導き出せそうだ。
『ノルンの端末の掌握は終わった。これで、この街で本当にやるべきことは終わった。後はシンのクルマを返して終わりだな』
『あら? そう簡単に行くと思っているの? 馬鹿なの?』
『クルマを返すだけだろう?』
俺の言葉を聞いたセラフが笑う。
『敵対しているチョーチン一家の親玉と知り合いで、その屋敷に一泊する仲で、オフィスのマスターとも個人的に面会するようなクロウズが、穏やかに、クルマをリバーサイド側に渡すことが出来るかしら? すんなりなんとか出来ると思っているなら本当にお馬鹿さんでしょ』
……。
『確かに』




