340 おにのめにも24――「よろしくない」
女中に連れられ玄関先へと案内される。
玄関?
そして、ふんという効果音が聞こえてきそうな態度で名刺サイズの透明な板が渡される。これが、多分、オフィスのマスターに会うための手形なのだろう。
『いや、お前が持っているならすぐに渡せよ。玄関まで案内した理由はなんなんだ?』
『ふふん。早く帰れってことでしょ』
そんなことはセラフに言われるまでもなく分かっている。わざわざ玄関まで来てから渡したのも、ここに居座られないように、すぐに追い出せるように、だろう。分かっている。だが、こういうふざけた態度をされると、分かっていても突っ込みたくなるものなのだ。
俺は透明な板を受け取り、チョーチン一家の屋敷を後にする。そんなに眠っていたつもりは無かったのだが、外には、日が昇っていた。太陽とは共存が出来ないのか下品に輝いていたネオンが消えている。
俺はそのままオフィスに向かう。
『セラフ、準備はいいか?』
『ふふん。何の準備が必要なのかしら』
『ノルンの娘に喧嘩を売るんだろう? 負けないようにしてくれ』
俺の言葉にセラフが笑い出す。
『私が負ける? ふふん。負ける訳ないでしょ。領域を拡張して六対一になっているのに負けると思っているの? お前は馬鹿なの?』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
レイクタウン、ウォーミ、マップヘッド、ハルカナ、ビッグマウンテン、オーキベース――それら六つの領域をセラフは支配している。確かに六対一だ。そう考えると、今更だが、レイクタウンのオーツーを支配する時が一番危なかったのかもしれない。セラフ自身は認めないだろうし、言わないだろうが、きっとそうなのだろう。
オフィスに入り、窓口へと向かう。夜の間、あれだけ屯していたクロウズたちの姿が見えない。ここの連中は本当に夜行性なのかもしれない。
「おはようございます。本日のご用件をお伺いします」
窓口の女は作り物には見えない顔でニコニコと笑っている。
「オフィスのマスターに会いたい」
「マスターに会うには資格が必要になります。紹介状はお持ちですか? 必要ですよ?」
窓口の女は迷惑な客が現れたというニュアンスを言葉に含めながらニコニコと笑っている。
『なるほど。随分と演技派だ』
『ふふん。普通に不愉快でしょ』
こいつはカマセからの連絡で俺がここに来ることを知っていたはずだ。知っていてあえて、こういう態度をとっているのだろう。
俺は窓口の女の前に資格となる透明な板を置く。
「これでいいか?」
「確認します」
窓口の女が透明な板を取る。するとそこに文字が浮かび上がった。
「確かに確認しました。少々お待ちください」
窓口の女はキーボードのようなものをポンポンと叩き、何かの処理を行っている――フリをしている。
『正直、この作業は必要なのか?』
『さあ? ここの端末はそういう演出が好きなんでしょ』
俺は肩を竦め、その場を離れ、適当な椅子に座る。窓口の女は何かの処理をしている。俺はそれを欠伸を噛み殺しながら待ち続ける。
「ガムさん、処理が終わりました」
そして、俺の名前が呼ばれる。俺の名前を把握していることからも、ここに俺の情報が行き渡っているのは間違いないだろう。
「それで?」
俺はどうなったのかを確認する。
「オフィスのマスターがお会いになります」
「そうか」
これでここでの目的が終わる。後は自由行動みたいなものだ。
「はい。それでは三日後の夜にオフィスに来てください。よろしいですか?」
三日後?
三日後だと?
「よろしくない」
こいつらは機械だ。すぐに会えないはずがない。忙しい? 俺に会いながらでも裏で作業をするくらい簡単なはずだ。
なのに引き伸ばす理由はなんだ?
勿体ぶっているのか?
「夜というのが分かりませんでしたか? この街では外のネオンが灯る時間が夜になっています。ネオンが灯ったら来てください」
窓口の女はそんなふざけたことを言っている。
「すぐに会えないのか?」
「はい。マスターはお忙しく、最短でもそれくらいは……」
窓口の女は困った顔で愛想笑いを浮かべている。今の段階では、こちらがこいつらの事情を知っていると明かすことは出来ない。
「あ! そうです、もし、ただ待っているのが暇でしたら、依頼を受けられてはどうでしょうか? ちょうど若手のホープであるガムさんにぴったりの依頼があります。どうですか?」
……。
なるほど。
『こいつらは俺に仕事をさせたかったようだ』
『ふふん。まさか受けるつもりじゃないでしょ?』
『当然だ。この状況で依頼なんて受けたら何をされるか分かったものじゃない』
オフィスはパンドラを欲している。オフィスはそれらをかき集めるために作られた組織だと言ってもいいかもしれない。俺は、今、手元にパンドラが搭載されたクルマを三台も持っている。下手をすれば、この依頼、俺を殺すための依頼かもしれない。
殺して奪うための……。
「悪いが依頼は受けない」
「そうですか。非常に美味しい依頼なんですが、本当にいいんですか? 他の人にまわしますよ?」
窓口の女は好意で紹介したのに、という態度をとっている。何も知らなければ騙されてしまいそうな演技だ。
『ふふん。ここに宿泊出来るから、そこで時間を潰しなさい』
『ああ、そうしよう』
俺は大きくため息を吐く。
「確か、ここのオフィスには宿泊施設が併設されていたな? 三日間、そこに居るとしよう」
「いいんですか? お高いですよ。ここだけの話ですが、紹介しようとしている依頼には宿泊代も入ってます。三日間眠る場所に困りませんよ?」
窓口の女は心の底からこちらを心配しているような顔をしている。俺はその演技にため息を吐きそうになる。
「構わない」
そう言っても問題無いだけのコイルを俺は持っている。
そして三日後、俺はオフィスのマスターと面会する。
キノクニヤのオフィスのマスター――その女はオフィスの職員とは思えないほど平凡な、何処にでも居そうな顔をしていた。平凡? いや、だからこそ、何処にでも居ないのだろう。
「私に会いたいということですが、どういう用件ですか? 話の内容によってはあなたにランクを下げるなどのペナルティを処す場合もあります」
女は俺が何か言う前からそんなことを言っている。随分と慌ただしい性格のようだ。
そして、俺が言葉を発しようとした時だった。
ぱあんという乾いた音とともにその女の頭が爆ぜた。
サービス停止が決まっているそしゃげを遊んでいると、見覚えのある名前の人ばかりと出会うようになった。全世界でサービス中でも、アクティブユーザーって一気に減るんですね。




