333 おにのめにも17――『この程度で本気を出す必要があると思うか?』
そのまま三人、無言で大通りを歩き、曲がり角を曲がる。そしてそこで武装した集団に取り囲まれた。何かあるかと思っていたが、随分とつまらないオチだったようだ。俺は鬼灯を見る。だが、その鬼灯は首を横に振っていた。どうも鬼灯の関知しないもののようだ。
その取り囲んだ集団の中から見覚えのある顔が現れる。
「おうおう、さっきは良くもやってくれたよぉなー、おい」
それは額に包帯を巻いたリーゼントの男だった。カスミが俺を守るように前に出る。
「女に守られてよぉ、情けねぇなぁー」
「ついてんのかよぉー」
「男なら前に出てこいよ、餓鬼がよぉ、びびってんのかぁ」
リーゼントの男とその集団がニヤニヤと笑いながら、そんな面白い挑発を始める。俺は思わず大きなため息が出る。
「それで? 男だ、女だ、と随分古くさい価値観を持ち出してきてどうした?」
俺の言葉にリーゼントの男が首を傾げる。俺はもう一度、小さくため息を吐き、鬼灯の方を見る。鬼灯が動く気配は無い。どうも俺の喧嘩だと思って静観するつもりのようだ。力が全て? のこの街らしい態度だ。
「あ? ふ、古いだと! んだとぉ、餓鬼が! あ、あれだ。保護者に守られて恥ずかしくねぇのかよ、だ。守られてよぉ! あ! あ? ああ?」
リーゼントの男がそんなことを言いだした。どうでも良いことにどうでも良い反応をしている。
「やれやれ、保護者だったら護ってもいいだろ」
俺は肩を竦める。
「う、うるせー。餓鬼がよぉ。さっきは良くもやってくれたな。チョーチン一家を相手にあんな真似をしたら、どうなるか思い知らせてやるぜ、あにきぃー」
リーゼントの男の言葉に反応して鬼灯の片眉がピクリと動く。
「お前らか、調子に乗って喧嘩を売ってきたクロウズは。少し痛い目を見て反省した方が良さそうだなぁ」
拳と肩をポキポキと鳴らして角が生え顎がしゃくれた大男が現れた。
……。
狙っていた反応、撒いた餌に獲物が食いついた状態だが、もう遅い。トップの鬼灯と行動を共にしているのに、今更、下っ端をやっつけて渡りをつける必要は無い。
「こんな餓鬼を潰しても自慢にならないが、クルマと女は……あ、え? え? あれ? ええええ! あ、あ、あ、あ」
顎のしゃくれた大男が、こちらを見て固まった。いや、正確には鬼灯を見て固まっているようだ。この反応、間違いなくこの顎がしゃくれた男は鬼灯を知っている。
「あにきはなぁ、本物のチョーチン一家なんだぞ。分かるかよ、その意味がよぉ。チョーチン一家に喧嘩を売って、この街で生きて帰れると思っているのか、あ? 今ならよぉ、土下座して謝って、クルマと女を置いて行けば許してやる。俺とあにきは寛大だからなぁ」
顎のしゃくれた大男が固まっているのが見えないのか、リーゼントの男は随分と調子の良い様子で喋り出している。
不味いと思ったのか顎のしゃくれた大男が動く。リーゼントの男の頭を押さえ、二人で土下座をする。
「す、すいやせん。こちらに戻っておられるとは気付かなくて。お許しください」
この顎のしゃくれた大男の反応――こいつがチョーチン一家の関係者だというのも、鬼灯がそのチョーチン一家のトップだというのも嘘では無いようだ。
俺はため息を吐く。
『時間の無駄だったな。上手く行かないな』
『ふふん。お馬鹿なのに頭を使おうとするからでしょ』
セラフの言う通りかもしれない。
「あ、あにき、これはどうい……」
「馬鹿野郎が! 頭を上げるな。この方をどなただと思ってやがる! 俺を殺す気か!」
顎のしゃくれた大男が見ているのは鬼灯だけだ。俺とカスミは眼中に無い。まるで道化の芝居だ。
「構わぬ。続けるがいい」
鬼灯は冷たい目で二人を見ている。周囲の武装した集団は突然のことにどうしたら良いのか分からないのか、何もせず突っ立っている。
「いや、しかし、ですが、あの、ですね、これは、その」
顎のしゃくれた大男は必死に言い訳を考えているのか、困ったように視線を彷徨わせている。
「構わないと言っている。自分は関与せぬ」
鬼灯がそう言って俺を見る。なるほど、そう来たか。
俺は軽く頭を掻きため息を吐く。俺が助けてくれと言えば鬼灯は動くだろう。または、お前のとこの不始末だから、なんとかしろと言っても良いだろう。そうすれば間違いなく動く。鬼灯はそれを期待しているのだろう。
だが、それは面白くない。
『面白くないよなぁ』
『あら、実力は隠しておくんじゃないの? ホント、行き当たりばったりのお馬鹿さん』
セラフの言いたいことも分かる。
だが、
『この程度で本気を出す必要があると思うか?』
セラフもまだまだ俺の実力を誤解しているようだ。
「はぁ、分かったぜ。やろうか」
俺は戦いに参加しようとしていたカスミを下がらせ、前に出る。顎のしゃくれた大男が困ったように鬼灯を見る。本当にやって良いのか、その後で処罰されないのか、そう考え不安なのだろう。
「鬼灯、関わるなよ。これは俺が売られた喧嘩だ。あんたには関係が無い」
俺は指をちょいちょいと動かし、顎のしゃくれた大男を挑発する。吊り上げた魚が要らなくなったからと捨てるのは罰当たりだ。最後まで喰らい尽くしてやろう。
「餓鬼が。決闘か。それなら勝てると思ってるのか! その勘違い、思い上がり、思い知らせてやる!」
土下座していた顎のしゃくれた大男がゆっくりと立ち上がる。デカい。だが、ビッグマウンテンで戦った大男ほどではない。こいつは二メートルと半分くらいだろうか。しかし、その体に乗っかっている筋肉の盛り上がりは、あの時の大男の倍以上はありそうだ。
俺は大きくため息を吐く。
「お前こそ、何を勘違いしている。誰が一対一だと言った」
「あ? 二人なら勝てるとでも思っているのか、餓鬼が!」
顎のしゃくれた大男がカスミを見る。そのカスミはわざとらしくため息を吐き、首を横に振っていた。
「違うね。俺一人だ。俺一人でお前ら全員の相手をしてやる。全員でかかってこい!」
俺たちを取り囲んだ武装した集団。数は十数人程度だろうか。
「餓鬼の思い上がりは笑えねえなぁ」
「な、舐めやがって!」
「死んでもいいんだな」
周囲からの殺気が一気に膨れ上がる。
「もちろん、好きに武器を使っていいぞ」
俺は口角を上げる。
この程度で、この程度の数で、実力で、俺に勝てると思っているなんて、本当に舐められたものだ。




