332 おにのめにも16――『だが、そうじゃないからな』
改めて、角の生えた男――鬼灯の屋敷に行くことになった。問題はドラゴンベイン、グラスホッパー号などのクルマをどうするか、だ。俺が使用者登録をしているドラゴンベインとグラスホッパー号は問題無い。だが、シンのクルマを鬼灯の屋敷に運ぶのは不安が残る。
クルマは持っていかない方が良いだろう。オフィスに頼めばお金は必要だが、安全に預かってくれるはずだ。それは、このキノクニヤでも変わらないだろう。普通なら、安全に預かってくれると言っても、特に暴力を生業としているような組織とつるんでいる場所では不安が残りそうだ。だが、オフィスならその心配も無い。オフィスのバックについているのは一地方で幅を利かせているチョーチン一家とやらでは無く、この世界を支配しているマザーノルンだ。これほど安心出来るものは無いだろう。
「カ……」
俺はカスミにお願いしようとして、それを止める。セラフが支配している場所のオフィスならまだしも、マザーノルンの支配下にあるオフィスの窓口にカスミを向かわせるのは不味い。カスミの心情的にも問題があるだろう。
ここは俺が行くしか無いだろう。
だが、少しだけ不安が残る。
『あらあら、何が不安なのかしら』
『カスミと、そこの鬼灯を二人きりにすることだ』
鬼灯が追いかけて来たのは、こちらに謝罪するというよりも、どうにもカスミが目当てのように思えて仕方ない。
だが、選択肢は無いか。
「クルマを預かるように頼んでくるので少し待っていてくれ」
「分かりました」
俺の言葉にカスミが頷く。
「良いのか?」
と、その俺に鬼灯が問いかけてくる。
「何が……だ?」
俺は馬鹿正直に聞き返す。こいつの言いたいことが分からないからだ。
「ふむ。クルマを預けて良いのかと聞いたのだ」
鬼灯が腕を組み、ドラゴンベインの方へと顎をしゃくる。
「分からないな。何故、あんたがそんなことを心配する?」
「ああ。すまぬな。お主の力量を疑っている訳では無い。クルマも武器と同じ、扱うもの次第。そこは否定せぬよ。だが、その武器を預けていくことが、な」
この余り喋らない男にしては饒舌に語る。だが、その言葉が少しだけ癪に障る。
『なるほど。こいつは俺がクルマが無ければ何も出来ないと言っているのか。思っているのか』
『ふふん。随分と見下されているのね』
セラフも何処か不機嫌そうだ。そういえば、こいつはさっきも似たようなことを言っていた。
なるほど、なるほど。
確かにセラフが言うように見下されているようだ。俺のことをクルマが無ければ何も出来ない赤ちゃんのように思っているのだろう。
「なかなか親切なご忠告だが、問題無い」
「ふむ。そうか。いや、また誤解させてしまったようだ。動きを見れば、クルマが無くとも、お主自身が戦えるのは分かる。確かにそれは武を習った者の動きだ。だが、力がものを言うここでは足りぬ故、少しな」
こいつは俺を心配して言ってくれたのだろう。それは分かった。だが、こいつは俺の実力を見間違えている。
「そうか。だが、問題無い」
「ふむ。若さ故の自惚れか。いや、すまぬ。いらぬことを言った。背伸びした姿に忠告するとは、自分も子を持つと変わるのだな」
鬼灯が自分の中で何か納得したのか満足げに頷いている。
俺は肩を竦める。何も言うことは無い。
『あらあら、怒らないの? 舐められるのは嫌いなんでしょ』
『いや、これくらい侮ってくれた方がいい。何かあった時のためにも、な』
確かに鬼灯の実力はそこらの凡百とは比べものにならないものだろう。組織のお坊ちゃんだと思えば飛び抜けた異様な実力だ。だが、それも組織のトップとしてみれば、納得のものでしかない。いや、物足りないくらいだろうか。コックローチやミメラスプレンデンスと相対した時のような、人とは次元が違う存在と思うほどの脅威を感じない。力が全てだと謳うにしては足りていないだろう。俺からすればなかなか面白いことを言う奴だと――ただそうだとしか思えない。
俺はオフィスに戻り、クルマを預ける手続きをする。この世界でも特に荒っぽい場所だからか他の地域よりもそこそこ良い金額のコイルをとられたが、今の俺からすれば端金だ。いや、なかなか厳しい金額だが、それでも当初の予定通りだから問題無い。
『ふふん。先に武器を買っておくべきだったかしら』
俺がオフィスの駐車場に戻ると、鬼灯がカスミに話しかけていた。無口な男だと思っていたが、実はそうでも無かったようだ。人見知りでもしていたのだろう。
『ふふん。何を話しているか教えてもいいけど?』
『予想出来るから要らないな』
俺は肩を竦める。
「鬼灯、案内してくれ」
「ふむ」
鬼灯の屋敷の場所は把握しているが、それでもあえて案内させる。
そしてそれは、ネオンと提灯が眩しい通りを歩いている時だった。先ほどまで無言だった鬼灯が話しかけてくる。
「彼女を譲っては貰えぬか?」
「何故、俺に聞く」
「ふむ。彼女がお主に聞けと言うのでな。知っていると思うが自分はここで大きな力を持っている。娘も良く懐いている、彼女自身、戦う力もありそうだ。彼女ならここでもやっていけるだろう。悪い話では無いと思うが?」
俺は肩を竦める。
「何故、悪くないと思うか分からないな」
「ここでは力が全てだ。力で奪うことも出来るが、恩人にそのようなことはしたくない。どうだろうか?」
俺は鬼灯の言葉に思わず吹き出しそうになる。
「あいつは物じゃ無いんでね。ほい、あげますとは出来ないな。もしそうだったとしてもあんたに渡す気は無いな」
カスミがただの人造人間だったならば、俺は物扱いしただろう。そして、オフィスに話をつけてもらうために、こいつに譲ったかもしれない。
『だが、そうじゃないからな』
『ふふん。お前にしては良い選択じゃない』




