033 プロローグ30
「ガヒヒヒ、いいんだぜ、そこに転がっているボロッちぃ銃を拾ってもよぉ」
カバ頭が触手の一つを動かし転がっている狙撃銃を指す。
『罠だな』
『ふふふん。私に任せれば何とかしてあげるけどぉ?』
何か言っているセラフは無視しよう。コイツに俺の体の自由を渡すつもりはない。
『はぁ!?』
『どれだけ追い詰められようとも、お前に乗っ取られるようなことはしない』
『は、はぁ!?』
コイツを無視しきれなかったとは我ながら情けない。
俺はため息を一つだけ吐き出す。
今は目の前のカバ頭に集中しよう。
……見れば見るほど酷い姿だ。内蔵もなく、配管だけでどうやって生きている? 残ったカバ頭の中に脳みそくらいは詰まっているのか?
「なぁ、お前の体、それどうなっているんだ?」
俺が聞くとカバ頭は触手でつかみあげたガトリングガンを高く掲げ、楽しそうに笑い、撃ち放つ。
「おいおい、餓鬼ぃ、余裕だな! この姿、酷いものだろう! こんな姿になってもよぉ! ガヒヒヒ、俺様は死なねぇのさ! どうだ、恐ろしいだろ! 怯えろ!」
カバ頭の下から伸びた触手のような配管が蠢く。
『死なないね、それは恐ろしい』
『ふふふん。どう見ても不死研究の過程で作られたゴミじゃん。本当に不死だったら面白いのにさぁ。単純にあのカバ頭の中に生きるための器官を詰め込んだだけでしょ』
頭の中に響くセラフの声がとても楽しそうだ。何処か実験動物を前にした研究者のような――それも狂った方の研究者の匂いを感じる。つまり、だ。コイツは本当にろくでもない。
「ほら、撃てよ! 拾ってもいいんだぜ! ガヒヒヒ、だがよぉ! そんな豆粒の銃弾が俺様に効くかよぉ! ちんけな傷なんて治っちまうんだぜぇ!」
カバ頭がガトリングガンを回しながら叫んでいる。
なるほど、な。
「怯えているのか? なぁ、本当に不死ならもう少し堂々としたらどうだ?」
「ガヒ? が、がぁぁぁ! が! が、餓鬼が! 粋がるなよ! お前の銃は効かねぇ! お前のあの姿にはもうなれねぇはずだ! 奥の手はもうない! 俺様を倒すチャンスはねえんだよ! 絶望しろ! 泣きわめけ! 命乞いをしろ! 餓鬼は餓鬼らしく惨めな顔をしやがれ! 死ね!」
カバ頭がガトリングガンをこちらに向ける。さすがにあれを撃ち込まれたら危険だ。
強く踏み込み間合いを詰める。
「ガ、ヒ?」
こちらの動きに気付いたカバ頭が間抜けな声をあげる。
……遅い。
ガトリングガンは恐ろしい武器だが懐に入ってしまえば、その大きさ故にどうすることも出来ないだろう。出来ても、ガトリングガン自体で殴りつけてくるくらいか。
「ガヒヒヒ! 俺様の今の姿を忘れたのかよ!」
カバ頭が叫び、それに合わせて触手が振るわれる。鞭のようにしなる触手が襲いかかってくる。
確かに、自由に動かせる触手なら死角は無い、か。
右から迫る触手に合わせて右手の甲を当て、滑らせ、打ち払う。左から迫る触手を同じように左手の甲を当て、滑らせ、打ち払う。足元を狙ってきた触手を小さく飛び、躱す。着地し、左足を軸に右足で触手を打ち払う。構え、相手の動きに合わせ、避け、打ち払い、最小限の動きでゆっくりと間合いを詰めていく。
「ガヒ? どうなってやがる! なんだ、何故、おい、何が!」
次々と迫る触手を捌いていく。動きは不規則だが、カバ頭に繋がっている時点で触手の動きの起点は分かっている。対処できないレベルじゃない。懐に入り込めば入り込むほど捌くのは簡単になる。
これなら、まだ木人でも殴っていた方が難易度は高い。
「おいおいおいおいぃぃぃっ!」
足代わりにしていた配管が滑り、カバ頭が体勢を崩す。カバの頭が下がる。
……ここだ。
間合いを計り、強く一歩踏み込む。そして、そのままカバ頭の脳天に掌底をたたき込む。
終わりだ。
「ガヒヒヒ! 馬鹿かよ! 効くかよ! 俺の外皮はなぁ、ロケット弾でも跳ね返すぜ、そんな手のひらで叩いた程度、程度、て、て、て、ガ、が、ガヒヒヒ、ヒ、ひ、ひ、ひ?」
カバの頭がぐらりと揺れ、伸びた触手のような配管が力を失い崩れ落ちる。
「最初に言ったはずだ。お前たちはもう終わっている……って、もう聞こえないか」
カバ頭の目玉がぐるりと回り、白目を剥く。そして、そのまま動かなくなった。
『はぁ!?』
頭の中にセラフの声が響く。ここ最近で一番大きな声かもしれない。
『うるさいな』
『はぁ! お前、何をやったの? 何でそんなことが出来るのぉ!?』
驚きすぎだ。まったく人工知能らしくないヤツだ。
『どれだけ硬い外皮に守られていようと中は違うんだろ? なら、衝撃を中に通して、そのまま弾けば終わりだろ』
『確かに、閉じ込められた運動エネルギーは、違う、そうじゃない! 出来るはずがない。おかしいから!』
『実際に出来たのだからおかしくないだろう。師匠からはむやみに人には使うなって禁じられていたが、この状況だ、構わないだろう』
『はぁ! だから、何を言っているの! 素体のお前に過去なんて……違う、そうじゃない。それ以前に、何故!?』
セラフは何を認めたくないのか叫び続けているが――
『現実はこうだ。お前の記憶、いや記録か、その方が間違っているんじゃあないか』
『はぁ!?』
とにかく、だ。
これで終わった。
一番の問題はクルマをどうするかだった。この性格のひん曲がった人工知能らしくないセラフが協力してくれて本当に良かったよ。
『はぁ!? 誰が!』
さて、これで借りは返した訳だ。が、ここからどうやって帰るか、だな。一週間以内に帰らないとクロウズの試験に間に合わないし、困ったものだよ。
スピードマスターが待っていてくれているとか……無いな。
それと戦利品をどうするかもあるか。
レイクタウンのゲンじいさんに言えば回収してくれないだろうか。とりあえず食べ物か水でも持っていないか探してみようかな。
そうだな、そうしよう。
しかし、アクシード、か。何を目的とした集団かは分からないが、ろくでもないヤツらなのだろう。
俺がこれからクロウズとしてやっていくなら、今後も関わってきそうな予感がする。
はぁ。
ため息しか出ない。
せっかくあの良く分からない島から人が住む町に辿り着いたのに、人と出会えたのに、面倒事ばかりだ。
さくしゃはあたまわるわるなのでえすえふてきなちしきがたりていません。こまったものです。




