329 おにのめにも13――「シンは死んだ。俺が殺した」
「余裕、ね」
強者の余裕を持てというライオンのような男の言葉に俺は肩を竦める。
「ああ、余裕だ、だ。あー、それで、れで……」
「悪いな。俺はタダより高いものは無いと思っている質でね。押しつけられるように恩を売られるのは勘弁してくれ」
俺はライオンのような男が何かを言い出す前に止める。
『あらあら。ふふん』
『何か言いたそうだな』
『ええ。タダより高いものは無いと言っているお馬鹿さんが、安穏と無償の善意を受けているんですもの』
セラフが言いたいのはゲンじいさんとイリスのことだろう。確かに二人には助けられてばかりだ。この街で何か良いものが見つかったら配達を頼んでもいいかもしれない。それだけの恩を二人からは受けている。
「おいおい、おい、そんなつもりじゃないぜ、いぜ」
俺はライオンのような男の言葉を無視して窓口の女の方へと向き直る。その俺の態度にライオンのような男は少しだけムッとした雰囲気を漂わせる。
『あらあら、喧嘩を売っているのかしら』
『まぁそうだな。部分的にはい、てヤツだろう。俺は無駄に偉そうで、無駄に非協力的で、運に恵まれて調子に乗っている生意気な子どもみたいだろう?』
『もとからそうでしょ』
俺はセラフの言葉を無視する。
「それでどうやったら紹介を受けられる?」
資格は充分だろう。後は紹介だけだ。そして、ここのオフィスのマスターに会うことが出来れば後はなんとか出来るはずだ。
『そうだろう?』
『ふふん。当たり前でしょ』
セラフなら問題無いだろう。
「申し訳ありませんが、ご自分でお考えください」
窓口の女はとても良い顔で微笑んでいる。さすがは人造人間、鉄の心臓だ。何をされるか分からない荒くれ相手でも引くことを知らないのだろう。
「おい、い、それなら俺らのとこに……」
俺は未だ話しかけようとしてくるライオンのような男を無視する。
「リバーサイドという場所が何処にあるか教えてくれ」
俺の言葉を聞いた窓口の女がピクピクと片目を歪ませる。どうやら人造人間が反応するほど非常に面白くないことを聞いてしまったようだ。
「本気で聞いていますか?」
人造人間らしくない反応だ。もしかすると俺のリバーサイドという単語に反応して、マスターからの中継が入ったのかもしれない。
「ああ。そこに俺からのプレゼントを待っている奴がいるのさ」
周囲から殺意のようなものを感じる。先ほどまで怒りを抑えていたライオンのような男も今は殺意に染まっている。
「私たちからはお答え出来ません。そういう取り決めです」
窓口の女の言葉に俺は肩を竦める。
取り決めね。誰が誰と取り決めたんだ? そのリバーサイドに居る誰かとオフィスのマスターか?
「おい、い、小僧、何の用があって、って、そこに向かう? 返答によっては、ては、ここの全員が敵に回る、わるぞ」
ライオンのような男が俺を威嚇するように唸り声を上げている。
「なぁ、クロウズ同士の争いは禁止じゃないのか? こいつら、オフィス内で暴れそうだけど、それはいいのか?」
俺はそう窓口の女に聞いてみる。
「オフィスは揉め事に干渉しません。当事者同士で話し合ってください」
どうやら取り合ってくれないようだ。窓口の女は明らかにライオンのような男たちに肩入れしている。
「言え、え。オフィスに頼るのは無駄だ、だだ」
ライオンのような男が吼えている。
「さっきも言っただろう。聞耳を立ててたんだろう? そこにプレゼントがあるのさ」
俺は肩を竦める。
「ふざけるな、るぅああああぁ!」
ライオンのような男が叫ぶ。どうやらついに我慢が出来なくなったようだ。
「おいおい、俺は頼まれただけだぞ。シンという男のクルマをそこに届けてくれと言われただけだ」
「シン、だと」
どうやらこのライオンのような男はシンを知っているようだ。
「ああ。知っているのか?」
ライオンのような男が頷く。そうか、知っているのか。シンが西のキノクニヤではそれなりに名前の知られたクロウズだというのは本当だったようだ。
「シンはどうなった、んた?」
このライオンのような男に素直に真実を教える必要は無い。教えても揉め事にしかならないだろう。だが……、
「シンは死んだ。俺が殺した」
「そうか、うか」
俺の言葉にライオンのような男が静かになる。先ほどまで殺意に溢れ怒り狂っていた男とは思えない静かさだ。シンを殺した、か。クロウズ同士で争うのは禁止だと言っていた俺自身がその禁を破っているのだから、お笑いである。
「もういいか?」
ここのオフィスではまともな情報が手に入れられないと分かった。それなら情報を仕入れられる場所に行くべきだろう。
「待て、って」
その俺をライオンのような男が呼び止める。
「もう話は終わったと思うが?」
「リバーサイド、案内しよう、よう」
「そうか」
何を思ったか、このライオンのような男が案内してくれるようだ。まぁ、素直に案内してくれるとは限らない。案内すると言って、変な場所に連れて行かれる可能性だってある。だが、それはそれで望むところだろう。
俺はライオンのような男を連れてオフィスの外に出る。
そして、多くのクルマが並ぶ駐車場――そこで小さな騒動が起きていた。




