328 おにのめにも12――『種まきさ』
俺が思いっきり殴りつけたからか、リーゼントの額にあった小さな突起は砕け、血まみれになっていた。地面を転がっていたリーゼントは涙目で額の突起があった場所を押さえている。まだまだ元気だ。
「ひ、ひぃ、こんなことして分かってるのかよ、分かってるのかよ!」
血まみれのリーゼントが叫んでいる。思っていたよりも丈夫だ。殺さないように手加減したが、その必要は無かったかもしれない。ミュータントは生命力が強くてしぶといのだろう。
『なるほど。過酷な環境で生き残るために進化したということだろうか』
『ふふん。簡単に死ぬような実験体は困るものね』
セラフはどうでも良いように笑っている。本当に興味が無く、どうでも良いのだろう。
「それで?」
俺が地面に転がした三人が集まり、寄り添っている。
「ご、誤解だ」
「同じクロウズ同士だろ、な、な、な?」
「ひぃ、血が、血が、血があぁぁ」
手加減し過ぎたようで三人ともまだまだ元気だ。
「そ、れ、で?」
俺は拳をポキポキと鳴らしながら三人へと近づく。
「お、覚えてろ!」
「る、ルールを守れよ!」
「ちょ、チョーチン一家は恨みを忘れないからな! ぜ、絶対に、ほ、報復してやる。後悔することになるぞ」
三人が支え合いながら逃げていく。
『あらあら。禍根を断たなくて良いのかしら』
『いいんだよ』
コイツらを始末しなかったのはわざとだ。わざと逃がした。
『ふふん、何を考えているのかしら』
『種まきさ』
リーゼントが名乗っていたチョーチン一家という名前。シンが言い残していたもので間違いないだろう。てっきり地名かと思っていたが、どうやらファミリーの名前だったようだ。
俺はクルマをカスミに任せてオフィスに入る。オフィスの中で屯っていた強面たちが一斉にこちらを見る。俺はそれを無視して窓口に向かう。
「お帰りなさいませ」
窓口に座った愛嬌のある整った顔の女が微笑む。まず間違いなく人造人間だろう。
「外でクロウズに襲われたんだが?」
まず、俺がそう告げると周囲から大きな笑い声が溢れた。こちらを馬鹿にするような、見下した笑い声だ。
「ふふ、もし強くなることをお望みでしたら、博物館をお勧めします。そちらでは最新のVR技術を利用して過去の強者たちに挑戦することが出来ますよ」
窓口の女が手を横にして、こてんと首を傾げている。俺はその態度に大きなため息が出る。分かっていたことだが、どうやらまともに取り合うつもりは無いようだ。
「ここのマスターに会いたいのだが?」
「マスターにお会いするには資格が必要です」
窓口の女はニコニコと笑っている。すでに俺が何者か分かっているだろうに真面目に取り合うつもりは無いようだ。
俺はクロウズのタグを取り出し、見せる。
「ランクは三十を超えている。資格はあると思うが?」
「申し訳ありません。こちらではご紹介が必要になります」
窓口の女が笑顔のまま頭を下げる。とても申し訳ないと思っていない態度だ。資格が必要だと言ってみたり、紹介が必要だと言ってみたり、なかなか面白いことを言ってくれる。
「お前が全裸のガムか、か!」
俺が窓口とそんなやり取りをしていると声をかけてきた男が居た。タテガミのように、もみあげから顎髭までが繋がったライオンみたいな男だ。
「何の用だ?」
俺の言葉にライオンのような男が手を上げる。
「噛みつくなよ、なよ。狂犬みたいな小僧だな、だな」
「それで? 何の用だ?」
「お前、まえ、外から来たんだろ、だろう?」
俺は肩を竦める。このライオンのような男の言葉は二重に聞こえる。何か口の中で反響しているような――そんな声だ。
「それで?」
「建物にくくりつけられた、れたぁ、提灯を見たか、たか? あれは、そこがチョーチン一家の縄張りだって示すものだ、のだ」
俺は外の建物に結びつけられた提灯を思い出す。
それは、このオフィスにも結びつけられていた。
「なるほどな。紹介とやらの意味が分かった」
オフィスにチョーチン一家とやらの手が回っている。このライオンのような男は、そう言いたいのだろう。
『あり得ると思うか?』
オフィスがただの組織ならそれもあり得るだろう。だが、オフィスはただの組織では無い。バックに付いているのは、この世界を支配しているマザーノルンだ。
『ふふん。少し考えれば分かるでしょ。馬鹿なの』
セラフは何を当たり前のことを聞いているのかという調子だ。俺は肩を竦める。
そのチョーチン一家とやらを使った何かの実験か、チョーチン一家自体もマザーノルンの配下なのか――そんなところだろう。
この窓口の女が言っている紹介というのはチョーチン一家から紹介を受けてこいということなのだろう。
「それで、あんたは俺に何の用だ? わざわざ、親切に、この哀れな俺に助言をしに来てくれたのか?」
「そうだ、うだ」
ライオンのような男がニカりと笑う。
「分からないな。それに、何故、俺のことを知っている」
「おいおい、いお、最高額賞金首に、高額賞金首を狩ている、いる、噂の大型新人と仲良くなろうと思っただけだ、けだ」
「その割にはなかなか愉快な態度だな」
俺はオフィスを見回す。他の強面たちはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて俺を見ていた。
「気にするな、るな。あいつらはお前が何者か分かっていないだけだ、けだ。強者は、じゃはー、余裕を持つべきだぜ、きだ」
俺はライオンのような男の言葉に肩を竦める。
とりあえずは蒔いた種に実が実るのを待つ必要がありそうだ。
それとも、このライオンのような男がその実だろうか。
その資格は無い、おぉその資格は無い
つまりその資格は無い、おぉその資格は無い




