325 おにのめにも09――『あれはネオンサインか?』
角の生えた男の案内で夜の闇に浮かぶ光――キノクニヤへとドラゴンベインを進める。
『あれはネオンサインか?』
ネオンの煌めく看板がいくつも絡み合い門のようになっている。そして、そこには何故か和風な提灯がぶら下がっていた。立ち並ぶボロボロの建物と光輝く看板、和風な提灯――異様な光景だ。
『クルマのまま入っても問題ないのか』
『ふふん。問題があるようならクルマが入れないようにバリケードでも作っているでしょ』
『確かにな』
ドラゴンベインが門のようなものにぶら下がった提灯を揺らす。落とさないように慎重に動いた方が良さそうだ。
ここが大通りなのだろう。道幅が広く作られており、クルマが行き来しても問題ないようになっている。そして、道の脇にある歩道には、こんな夜の遅い時間にも関わらず多くの人が歩いていた。道行く人々――俺たちを案内した男のような角の生えた者、大きく尖った耳の者、耳が頭頂部から生えている者、豚のような顔の者、猪のような牙が生えた者、筋肉なのか体がボコボコに膨らんだ者、色々な者が歩いている。見ていて飽きないくらい様々だ。似たような姿の人は居るが、種族が違うというのとも違うようだ。人ではない人たち。種族では無い、人種でもない、これは彼らの個性なのだろう。
俺は角の生えた男を見る。その男の娘も角が生えていた。特異な姿だが、遺伝はするのだろう。
『ふふん。連中が気になるのかしら』
『少しは、な』
セラフが得意気に笑っている。どうやら解説してくれるようだ。
『ふふん。よろしい。特徴が似ているのは同じ実験施設から逃げた者たちだからでしょ。当然、交雑実験も行ったはず。遺伝するのかどうか、その際に因子がどう働くのか。後はナノマシーン異常による変異でしょうね』
『群体? この歩いている奴らの中に俺と同じように体がナノマシーンで構成された奴が居るのか?』
俺の言葉を聞いたセラフがあざけり鼻で笑う。意思の伝達だけのやり取りなのに無駄なアピールを――器用なものだ。
『お前みたいなのがそうそう居る訳ないでしょ。馬鹿なの。少し考えれば分かるのにお馬鹿さんなの?』
『そうか。だが、アクシードの四天王の中には居たようだが』
『ふふん。だからでしょ。その特異な体だから、この世界で強者になれたんでしょ』
『なるほどな』
まるで、だから俺も強いと言われているような、お前自身の実力ではないと言われているような、そんな気になる。確かにこの体で無ければ死んでいたであろう場面は何度もあった。人狼化にも助けられている。斬鋼拳だってそうだ。それが無ければ人の生身でクルマや機械、巨大なビーストと渡り合うのは難しかっただろう。
恩恵を受けているのは確かだ。
そうだな。不満に思うのは違うか。これも俺の力だと認めればいい。それだけだ。
『それで? ナノマシーンがどう働いている?』
『ふふん。分からないの。本当にお馬鹿さんね』
セラフが得意気に笑っている。
『なるほど。そういえばシンたちが医療用のナノマシーンを薬として使っていたな。そういうことか』
『ふふん。分かっているじゃない』
要は薬によって体質が変わったみたいなものだろう。狂ったナノマシーンが遺伝子から変えてしまったのかもしれない。
『つまり、そういう連中だということだな。そういう連中が集まっている、と』
ミュータントの集まる町だと聞いていた。人の姿から外れてしまった連中だ。迫害されたこともあるのだろう。そういった者たちが集まり町を作るのは自然か。
……。
マザーノルンの存在がなければ、そう思っただろうな。ここにもオフィスがある。そして、この地を支配しているマザーノルンの端末が存在している。
つまり、だ。
そうなるように、集まるように仕向けられている。その方が管理に都合が良かったのか、それとも実験の延長なのか。
こいつらは気付いていない。自分たちの意思で集まったと思っていることだろう。
『ふふん。知らない方が幸せなことは多いでしょ』
セラフはそんな含蓄に富んだ言葉を口にする。俺は肩を竦めるだけだ。
「この後はどうするつもりだ?」
俺がそんなことを考えていると角の生えた男が話しかけてきた。今後の予定、か。キノクニヤには辿り着いた。この角の生えた男とはここで別れても良いだろう。俺の目的はここのマスターに会って、その端末を支配することだ。後は……それとは別に豚鼻の言っていたリバーサイドという場所に行くこと、シンの言っていたチョーチンとやらに行くこと、この二つがオマケの目的だろう。
「とりあえずはオフィスに行くつもりだ」
「ふむ。こんな時間だ。泊まるところくらいは案内しよう」
角の生えた男の提案。口数少なく、物静かで――ある意味ぶっきらぼうな感じだが、悪い男ではないのだろう。
「助かる。出来ればクルマが駐められる場所で」
角の生えた男が頷く。このキノクニヤはこの男の地元なのだから、変なところには案内しないだろう。もし、変なところだったら、その時は改めてオフィスに行けばいい。そこで安全に泊まれる場所を聞けば良いだけだ。
眩しいくらいに下品に輝く町の中を進む。グラスホッパー号のカスミの膝上に乗った幼子はそれが珍しいのか、光を捕まえようと必死に手を伸ばしていた。
そして、宿に辿り着く。
角の生えた男が案内したのは――老舗旅館といった感じの趣のある宿だった。周囲の建物がボロボロでギラギラと輝くネオンまみれの中にあるとは思えないほど、かなり浮いた建物だ。何故、こんなものが現存しているのか、どうやって再建したのか……。
『お高そうだな』
『そうね』
何故、この男は俺をわざわざ高そうなところに案内するのか。それだけ俺がお金を持っていると思ったのか。いや、俺たちの腕を買ってだろうか。凄腕のクロウズならこれくらいの場所が当然なのかもしれない。
宿の前には客を迎えるためになのか、仲居らしき年配の女が立っていた。
「ここなのか?」
「ああ」
角の生えた男が頷く。
そして、その宿の前に立っていた年配の女がこちらに気付く。
「坊ちゃん!」
角の生えた男を見たその女は、驚いた顔でそんなことを叫んでいた。
坊ちゃん?
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