323 おにのめにも07――『そういうのは物語の中だけで充分だ』
カスミが、助手席に座り不思議そうな顔でキョロキョロと周囲を見回している幼子を抱きかかえ、膝の上に乗せる。
「こちらの方が安全です」
いくら揺れの少ないクルマとはいえ、戦闘時などは激しい動きをすることもある。確かに助手席に乗せるだけよりは膝上に乗せて抱えた方が安全だろう。
幼子を膝上に乗せたカスミが微笑む。釣られたように幼子も笑っている。生殖能力を持たない人造人間だが、子どもを慈しむ感情があるのだろうか。その方が円滑に人との関係を保てるから、そうなるように制御されているのかもしれない。だが、カスミがそうだとは思いたくない。自分が子どもを持つことが出来ないからこそ、それを尊び、慈しむ――端末の人形でしかない人造人間ではなく、マザーノルンに反逆し、捨てられたカスミだからこそ。
角の生えた男が先頭に立ち、砂漠を進む。どうやら、本当に俺たちを案内してくれるようだ。
……。
この角の生えた男を何処まで信用して良いか分からないが、このままバンディットの巣窟に案内される――ということは無いだろう。幼子を連れた男が危険なことをするとは思えない。それが俺の油断で、希望的観測ではないことを祈ろう。俺自身の幸運に。
「こんな小さな子を連れて旅をするのは大変でしょう」
カスミが先頭を行く角の生えた男に話しかけている。この男からさりげなく情報を引き出そうとしているのかもしれない。
「里帰りのため、仕方なく」
角の生えた男はそう答えている。大変かと聞いて、仕方なく、と答える、か。里帰りというのはキノクニヤのことだろう。
『面倒事の予感がするな』
『あら、お前と意見がかぶるなんてどういうことかしら』
セラフは楽しそうに笑っている。揉め事が起こるのを期待しているかのようだ。
『お前の目的はキノクニヤの端末の支配だろうが。面倒事を期待してどうする』
『あらあら。新しい町にはイベントが付き物でしょ』
俺は頭を抱え、ため息を吐く。
『そういうのは物語の中だけで充分だ』
『ふふん』
日が昇り、砂漠が燃えるような熱さを取り戻していく。カスミが赤子を気遣うようにこまめに水をあげている。水は貴重だ。だが、俺たちは今回の遠征のために充分な量の水を用意している。カスミに必要なのは少量の水だけだ。その余りをカスミの判断で別けるのは構わないだろう。
「これなら夕方までにはキノクニヤに着く」
角の生えた男が教えてくれる。夕方か。思ったよりもキノクニヤの近くまで来ていたようだ。
この角の生えた男の移動速度は時速二十キロ程度だろうか。足の取られやすい砂漠で、徒歩で、それだけの速さで移動が出来るのだから、優れた身体能力だ。しかも、シンのクルマを牽引しているドラゴンベイン、ハンザケという名前の大蜥蜴を運んでいるグラスホッパー号の速度に合わせている節がある。この男が本気になれば、もっと速く移動が出来るのではないだろうか。
「キノクニヤはどんなところだ?」
この男の素性や名前は聞かない。そこまで関わるつもりがないからだ。
「夜の街だ。そしてミュータントの街でもある」
「そうか」
角の生えた男は俺の当たり障りのない質問に付き合ってくれる。ただの雑談だと分かっているのだろう。
「あんたもクロウズか?」
幼子を連れたクロウズ――そういうのも有りだろう。だが、角の生えた男は首を横に振る。
「いや、ただの旅人だ」
刀を持ち、居合いで大蜥蜴の頭を落とすような実力の旅人――どう見てもただ者ではない。
『ふふん。待ちなさい。雑談は終わりのようね』
セラフの声が頭の中に響く。始まってもいない雑談が終わったようだ。
『何があった?』
周辺の感知はセラフに任せている。
『敵よ。さっきのビーストの群が道を塞いでいるわ』
大蜥蜴か。
「待て。この先にハンザケの群が待っているようだ」
角の生えた男の足が止まる。この男がわざと群が待っている場所に案内したとも考えられるが……。
「それは……困った」
角の生えた男が腕を組み考え込む。
周囲は砂漠だ。何処まで行っても砂漠だ。群が危険なら遠回りすれば良いだけだろう。
「危険なのか?」
俺は聞く。
「群の数にもよる。出来ればこの道を進みたいのだが」
角の生えた男は群の中を突っ切りたいようだ。
「遠回りしては駄目なのか?」
俺の質問を聞き、角の生えた男はカスミを見る。いや、カスミが抱えている幼子を見ている。
「出来ればこの道を進みたいのだ。道から外れれば砂漠の熱さは強くなる」
道?
そういえばセラフも道と言っていた。
どうやら、この砂漠には目に見えない道があるようだ。道を進んでいるからこの程度の熱さで済んでいる。道を外れれば熱さが増すということだろうか。そして、それに幼子は耐えられない――そういうことだろう。
『砂漠の下に冷却装置でも眠っているのか?』
『それに近いものよ』
近い、か。大蜥蜴たちも涼むために――群が居るのは少しでも涼しい場所へと移動してきた結果なのかもしれない。
『それで、その群の数は?』
『ふふん。八、ね』
八匹、か。
少し多いな。
「群の数は八だ。どうする?」
角の生えた男に聞く。男は自分の幼子を見ている。何かを迷っているようだ。
……。
「あんたの子どもはカスミが面倒を見る。俺のクルマとあんたの二人なら、どうだ?」
「かたじけない。それなら問題ないだろう」
「礼は要らないさ。キノクニヤに行くなら、倒す必要がある。俺たちとしても凄腕のあんたに協力して貰った方が助かる」
「それでも礼を言わせて欲しい。クルマを持っているお主たちだけなら遠回りも出来たはず」
角の生えた男がそんなことを言っている。
『そうなのか?』
『ふふん。そうね』
どうやら俺たちは戦闘を避けることも出来たようだ。
……。
まぁ、獲物が増えたと喜ぶことにしよう。




