322 おにのめにも06――「もし良ければ俺たちを案内してくれないか?」
「要らない……お節介だったようだな」
俺は角の生えた男に話しかける。角の生えた男は腰の刀に手をのせたままこちらを見ている。ドラゴンベインの中に居る俺を見ている。それはこちらを値踏みしているかのような目だった。いや、もしかするとドラゴンベインが斬れるかどうかを考えているのかもしれない。
「ここらでは見かけないクルマだが、クロウズか。悪いが、報酬として差し出せるようなものの持ち合わせはない」
角の生えた男が刀に手をのせたまますり足で動く。どうやら、俺たちから降ろしたものを守るように動いているようだ。
この角の生えた男が大事に抱えていたもの――それが角の生えた男の、その足に小さな手でひしとしがみつく。それは二、三歳くらいの幼子だった。男と同じように角が生えている。二本の角が生えた幼子だ。この角の生えた男の子どもなのかもしれない。
『ふふん。お前もせっかく助けたのに報われないわね。無礼な態度を罰して殺したらどうかしら』
セラフが俺を試すように笑っている。
『俺が勝手にやったことだ。恩に着せたかったが、どう感じるかは向こうの勝手だ。俺が勝手なら相手も勝手が許されるべきだろう? それに見知らぬ相手に警戒しているだけだろうさ』
俺は角の生えた男の足にしがみついている幼子を見る。弱々しく、保護する者が居なければすぐにでも死んでしまいそうな存在だ。
守るものがあるから慎重にもなる、か。
角の生えた男はドラゴンベインの中に居る俺を見ている。この男ならドラゴンベインごと俺を斬るかもしれない。そう思わせるほどの気迫を感じる。
返答を間違えば戦いになりそうだな。
ふぅ。
俺は小さく息を吐く。
「少し恩に着せようと思っただけだ。報酬を求めていた訳じゃないさ。まぁ、それでもあえて言うなら、その蜥蜴が高く売れるなら欲しいかな、と思うくらいだ」
「そのハンザケなら、オフィスでそれなりの値段で買い取って貰えるだろう」
角の生えた男がこちらを警戒したまま、大蜥蜴の方へ顎をしゃくる。
ハンザケ?
それがこの大蜥蜴のビーストの名前らしい。
角の生えた男は獲物を俺に譲ってくれるようだが、こちらへの警戒は解いていない――解こうとしない。下手をすると、獲物を回収しようとしたところで斬られてしまうかもしれない。
[こちらは片付きました]
と、そこにカスミからの通信が入ってくる。大蜥蜴の一匹を誘導し、牽制していたカスミのグラスホッパー号が無事に最後の一匹を倒して戻ってきたようだ。
こちらに迫ってきているグラスホッパー号を見た角の生えた男が刀にのせていた手を離す。
「どうやらこちらが無駄に過剰な反応をしていたようだ。すまぬ」
角の生えた男はそう言うと足元の幼子を抱えた。
カスミを見て敵対者では無いと思ったのか、それともクルマを二台も持っているようなクロウズが今更自分たちを襲うことがないと思ったのか、それとも敵わないと思ったのか、とにかく戦いは避けられたようだ。
「いや、構わないさ。こんな世界だ。慎重になるのは当然だろう? それに、だ。さっきも言ったが俺がやったことはただのお節介だったようだからな」
この角の生えた男は居合いの一閃で大蜥蜴の丸い頭を一撃で斬り落としていた。それだけの実力の持ち主だ。俺たちが助けに入らなくてもなんとかしていただろう。本当に俺がやったことはただのお節介でしかない。
「娘を抱えながらでは限界があった。まずはお礼を言うべきか。助力、かたじけない」
角の生えた男が抱えた幼子を見て、そして、こちらに向き直り、小さく頭を下げる。抱えていたのは娘、か。そんな幼子を抱えて、何故、こんな場所に居たのか。何故、大蜥蜴に追われていたのか。色々と聞きたいことはある。だが、それは全てどうでもいいことだろう。
『あらあら。本当に? どうでもいいの? どうでもいいのかしら。厄介ごとに巻き込まれるかもしれないのに? 情報はあって困るものじゃないでしょ』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
『些事だ。俺たちの目的は、ここの――キノクニヤの端末を攻略することだろう? その為に必要になることだと思うか? 知っても知らなくても大差ない。そうだろう?』
『はいはい。お前が言うならそうなんでしょうね』
セラフは呆れたような声でそんなことを言っている。
俺は小さくため息を吐く。
「キノクニヤについて詳しいのか?」
俺は角の生えた男に聞いてみる。
「それなりには」
俺は角の生えた男の言葉に口角を上げる。少しはお節介を焼いた甲斐があったようだ。
「もし良ければ俺たちを案内してくれないか?」
「分かった。それくらいならば」
角の生えた男が小さく頷く。
「俺はガム。そっちはカスミだ。カスミ、彼らをグラスホッパー号に載せてやってくれ」
俺の言葉にカスミが頷く。
「助かる」
角の生えた男がグラスホッパー号の助手席に座る……かと思ったが、抱えていた幼子を座らせただけだった。角の生えた男はそのままだ。
「あの、遠慮されずにどうぞ」
カスミの言葉に角の生えた男が首を横に振る。
「この身、クルマより速く動ける。この方が自由に動けて良い」
角の生えた男はそんなことを言っていた。
足を取られる砂地でクルマよりも速く動ける、か。それはもう人間の限界を超えている。この男が機械化している様子は無い。その身体能力だけで、か。どうやらまともな人間ではないようだ。
……。
いや、詮索するのは無粋、か。
キノクニヤへのちょうど良い案内人と出会えた、そう思えば――そうとだけ思えばいいだろう。




