032 プロローグ29
『ほら、私の言ったとおりじゃん』
右目に表示されている地図は森の奥らしき場所に無数の赤い点を灯らせていた。
『確かにな。セラフがセラフだというだけで疑ったのは間違いだったかもしれない』
このセラフ、能力だけなら文句なしだが、性格が問題過ぎる。
『はぁ?』
何か頭の中で叫んでいるセラフは無視して、やるべきことをやろう。
肩から提げていた狙撃銃をおろし構える。試し撃ちしていないが、なんとかはなるだろう。
『ふふふん、私に任せるなら、動作サポートをしてあげるけどぉ?』
セラフはそんなことを言っている。
『お前に任せたら体を乗っ取られそうだ』
『はぁ!?』
俺の体を乗っ取ることを目的としていたヤツに体を任せる訳がないだろ。
『はぁ? はぁ! はぁ!?』
はぁはぁ、うるさいヤツだ。
何やら不満そうなセラフを無視し、狙撃銃を構えたまま森の中を走る。ヤツらを探し奥に進めば進むほど霧が濃くなっていく。森の中に広がる白い霧。
『霧が濃いな』
『ふふん、そうね。でも、この程度問題にならないから』
場所は……何処が良いだろう。狙撃に適した場所を探し、霧深い森の中を走る。
相手の位置が分かるのは非常に便利だ。この能力だけで充分チートだ。
そして見つける。
こちらからは相手が見えて一方的に狙える場所――狙撃ポイント。
ここからは連中の姿がよく見える。薄汚れた四角い板を張り付けたような防護服を身につけ、良く分からない管の伸びた金属製の鞄を背負ったゴーグルの男たち。
見覚えがある。うっすらとおぼろげな記憶の中には――コイツらと野良猫のような女性が戦っていた記憶がある。ここまで来て人違いだったら洒落にならないから良かった。間違いなく――敵だ。
赤い点の数は三十ほど。銃弾は足りない。足りないが問題ないだろう。元からこの狙撃銃で片を付けるつもりはない。
狙撃銃を構え、撃つ。
一発目は外れる。だが、向こうに気付かれた様子は無い。
次弾を装填し、撃つ。
ヒット。
良く分からない管が伸びたゴーグル男の頭を粉砕する。上手く命中した。
精密機械のような動きで次弾を装填し、撃つ。何故か体が憶えている。何度も繰り返してきたかのような安心感がある。俺にはこの古くさい狙撃銃の方があっているようだ。最新鋭の武器ではなく、この古くさい狙撃銃で逆に良かったのかもしれない。
『ふふふん、それは今の最新鋭の武器を知らないからでしょ』
『そうなんだろうが、練習する時間が取れなかったから、これで良かったんだよ』
優れていようが慣れていない武器を扱うなら練習が必要だ。その間にコイツらに逃げられたら洒落にならない。
『だから! それは私がサポートするってぇの』
それで体の自由を奪われたら洒落にならない。コイツの目的は分かっているからな。
弾を装填し、撃ち続ける。
ゴーグル男たちの中に頭がカバの頭になったヤツを見つける。コイツが連中のボスだろうか。
『頭がカバとかなんの意味があるんだ?』
『獣因子を取り込んだ実験体でしょ。獣の力を取り込んだ良いとこ取りの人間を作ろうとして上手くいかなかったんじゃない?』
かぶり物ではなく、本当にカバの頭なのか。
とりあえずカバ頭に銃弾をたたき込んでみる。しかし、その銃弾はカバ頭の皮膚を貫けなかった。
『随分と硬いな』
『そういう因子が働いているんでしょ。それしか取り柄がなさそうなって……これは!』
右目に移っていた地図にノイズが走り、ぶれる。
『どうした?』
『ふふふん、思ったよりやるじゃない』
『だから、どうした?』
地図はすぐ元に戻る。
『さっきからこちらに干渉していた霧、あいつの仕業だったみたい。攻撃を受けてから霧の干渉が強くなるとかさぁ。でも私には効かない。能力を過信した馬鹿って憐れよねー』
『どういうことだ?』
『この霧が電子機器を狂わせているってこと。そんなことも分からないのぉ?』
電子機器を狂わせる霧、か。その力で上手くコイツが沈黙してくれたら良かったんだけどな。そこまで望むのは高望みし過ぎか。
『はぁ!? こんな児戯みたいな力でぇ、私が!』
はいはい。
カバ頭たちが大きな機銃の取り付けられた軍用と思われるオープンカーに乗り込む。おいおい、小さな車に人が乗りすぎじゃないか。普通に定員オーバーだろう。
で、あれがクルマ、か。
そろそろヤツらに姿を見せた方が良いか。
森を抜けヤツらの前に姿を見せる。
「あ? 餓鬼だと! もしかして、あのクロウズどもの仇討ちか!」
仇討ち、か。違うな。単純に借りを返しているだけだ。
ヤツらの言葉を無視し、狙撃銃を構え――撃つ。
放たれた銃弾はクルマの前で見えない壁に当たったかのように弾け、潰れた。バリアか何か?
「あ! 馬鹿かよ。パンドラが生み出すシールドにそんな小粒が効くかよ! このままひき殺してやるか、それとも機銃でミンチにしてやるか、ガヒヒヒ!」
カバ頭が楽しそうに叫んでいる。シールドね。
ここらで狙撃銃の役目は終わりのようだ。
にしても、クルマ、か。あの装甲を貫くのは難しいかもしれない。
『セラフ、力を貸せ』
『はぁ? なんで、私が!』
コイツが素直に力を貸すとは思えない。だが……。
『ヤツらから攻撃を受けて、そのままにして良いのか? お前の力を見せる時じゃないのか?』
『ふふふん。私の力を借りないと何も出来ないお前のために少しくらいなら貸して……』
『あの島で桜の木もどきを撃ち抜いた力は使えるか?』
『楽勝。お前はカウントダウンでもしてたら? ほら、十、九、八……』
そういう演出も悪くないだろう。ここはセラフに乗せられてやろう。
カバ頭に拳を突き出し、カウントダウンをはじめる。
「あ? 自分が死ぬまでのカウントダウンか? セルフサービスか、ガヒヒヒ」
カバ頭は楽しそうに笑っている。どうやら数え終わるまで待ってくれるようだ。意外と乗りの良いヤツだ。殺すのは最後にしてやろう。
カウントダウンが終わる。
次の瞬間、空が煌めいた。空を、雲を、切り裂き、白い霧を吹き飛ばし、光の柱が落ちる。
光の柱がクルマを包み込む。強い力を受けたクルマが凹み、燃えはじめる。なかなかの威力だ。
『どう?』
『ああ、凄い凄い』
だが、クルマを壊しきることは出来なかったようだ。一部凹み、燃えているが、まだ形を保っている。いや、それでも充分か。これでヤツらはクルマに乗っていても危ないと思ったはずだ。
「あ、が、はっ!」
カバ頭たちが必死の体でクルマから這い出てくる。
「何だ、今のはよぉ!」
カバ頭が叫ぶ。
これで準備は整った。クルマとやらを奪ったと聞いた時、俺はそれが一番の問題だと思っていた。あの島で戦ったロボットと同じだ。あれと同程度の装甲だったら――それを相手するのはキツい。だから、それを何とかすることだけを考えていた。
だから、これで、
「お前たちはもう終わっている」
「餓鬼が! この! 俺様! アクシード四天王に次ぐ実力者と言われたグラスホッパー様にかなうと思っているのかよぉ!」
生き残った連中が俺を取り囲んでいく。
アクシード?
それが俺に喧嘩を売った連中の名前か。レイクタウンのオフィスで手配書がまわっていたな。
だが、
「グラスホッパー? 知らないな。手配書にも載っていない小物じゃないか」
「あ! 馬鹿、お前、それは、俺様がアクシードの秘密兵器で隠密専門だからに決まってるだろうがよぉ!」
カバ頭が慌てている。面白いヤツだ。楽しいくらい三下な性格をしているようだ。手配書が回っていないため、賞金が貰えそうにないのが残念だ。
「ちっ、不気味な餓鬼だぜ。だが、俺様はよぉ、餓鬼相手にも油断しねぇ。このままなぶり殺しだ」
カバ頭の言葉にあわせたかのように俺を取り囲んでいる輪が狭まっていく。
わざわざ俺のために近寄ってきてくれるのだから、本当に親切な連中だ。
「言ったはずだ。お前たちはもう終わっている」
ここだ。
ここで――
俺は力を解放する。
狼の、人狼と化す力――俺の力。
俺の体が黒い体毛に覆われていく。服が弾け、体が大きく膨れ上がっていく。
「お、おい、その姿、狼の……」
「お前たちはもう終わっている」
そう、コイツらは、終わっている。
大きく伸びた爪を振るう。わざわざ近寄ってくれたんだ、遠慮無く喰らっていけ。
爪を振るう。
切り裂く。
切って、切って、切って、千切って、引き裂いて、切る。
この爪で金属の塊であるクルマを貫けるかどうかだけが心配だった。だが、コイツらは間抜けにもクルマを捨てた。
もう問題は無い。
「お前が! いや、ガヒヒヒ! このグラスホッパー様を舐めるなよ!」
カバ頭が持っていたガトリングガンを回す。放たれた銃弾の雨を、飛び、避ける。
「遅い」
そして、そのままカバ頭の体を切り裂く。
血が飛び、肉片が舞う。
銃弾の雨をかいくぐり、切り裂く。
遅い、遅い、遅い。
そして、動くものはなくなった。
右目に映し出された赤い光点は全て消えている。終わったか。これで終わりか。あっけない。
戦いが終わったことを認識したからか体が元へと戻っていく。
……。
自分の体を見る。
また服を駄目にしてしまった。これ、あのじいさんの息子の遺品だったんだろう? 悪いことをした。次はもう少し考えた方が良さそうだ。いや、この力を使わないのが一番か。今回は準備をする暇が無かったから仕方ない。だが、次はもう少し考えよう。
『ふふふん?』
ん?
右目に映っている赤い光点は――赤い光点が一つだけ復活している!
とっさにその場を飛び退く。
自分が立っていた場所を狙うように何かが蠢いた。
俺は振り返り、それを見る。
全て消えたはずの赤い光点の一つが復活した理由。
「ガヒヒヒ、知ってる、知ってるぞ、その力! 四天王のあいつと同じ力だな! もう使えないだろ、知ってる、知ってるぞ! 一度使えばエネルギーを補給するまで使えないはずだ! ガヒヒヒ、餓鬼、終わりだ!」
そこに居たのは頭だけになったカバ頭だった。カバ頭の下からは無数の配管が触手のように伸びている。
触手の生えたカバ頭か。
先ほどこちらを襲ったのは、その触手だろう。硬そうだと思って頭を潰さなかったのは失敗だったようだ。
「油断したなぁ、餓鬼。ガヒヒヒ、これが俺様の本当の姿よ! 死ね!」
触手が転がっているガトリングガンに巻き付き、それを持ち上げる。
……。
ふぅ。
ため息が出る。
やれやれ、しぶといヤツだ。




