320 おにのめにも04――『ため息が出そうになるな』
ハルカナでの補給をサクッと終わらせ、南を目指して出発する。
『あら? ゆっくりしなくてもいいの?』
『特に知り合いが居る訳でもないからな。ここでの目的は補給だけだ』
しいて言えばユメジロウじいさんが知り合いと言えるかもしれない。だが、俺とユメジロウじいさんは別にわざわざ顔を見せに行くような間柄ではない。むしろ、今は敵対に近い関係だろう。
ビッグマウンテンを右手に荒れ果てた道を進む。かつて道だったアスファルトはところどころ剥がれ落ち、荒れている。アスファルトの道、岩と砂、枯れ木だけの代わり映えのない風景が続く。ビッグマウンテンもこちら側から見ればただの崖だ。
そして、それは荒野から砂漠へとさしかかろうとした時だった。
「獲物がいたぜ」
「機械様に捧げろ」
「ひ、久しぶりの肉とクルマなんだな」
バンディットたちが現れた。数は六。それぞれが平べったい板のような機械に乗っている。大した数ではない。もしかするとバンディットたち本体の偵察部隊か何かなのかもしれない。
『久しぶりのバンディットだな。砂漠に棲息しているタイプだから砂族か?』
『ふふん。バンディットはバンディットでしょ』
『そうか』
『ふふん。そんなに気になるならデザートバンディットって呼称したらどうかしら』
『砂タイプか』
俺はセラフの言葉に肩を竦め、砲塔を動かす。
カスミの乗ったグラスホッパー号を下がらせ、主砲を放つ。轟音を響かせ、マズルブレーキが素早く三連続で前後する。
そして、こちらへと迫っていたデザートバンディットたちに着弾する。バンディットたちは一瞬にして肉片と化し、吹き飛んでいた。酷い有様だ。当分、肉料理が食えそうにない。150ミリという大口径から放たれる砲撃の威力は高く、それを三連発もするのはバンディットに使うには過剰な威力だったかもしれない。
『ふふん。どう? 買って良かったでしょ』
セラフは随分と得意気だ。
『そうだな。コックローチ戦でこれがあればもう少し楽が出来たかもしれないな。それで、これは何処で手に入れたんだ? またルリリからか?』
『ふふん、これはさっきのハルカナのオークションね』
セラフが得意気に笑っている。
『お前、わざわざオークションもチェックしているのか。ハルカナの町を支配して行うのがオークションのチェックなのか』
『あら、あらあら。そのおかげで良い武器が手に入ったでしょ』
『そこは部分的に肯定だな。だが、買う前に相談しろ』
『必要かしら?』
セラフがとぼけた口調でそんなことを言っている。
『必要だ』
『ふふん。面倒ね。では、さっそくだけれど20ミリガトリング砲を百万コイルで買おうと思うのだけど、どうかしら』
俺の言葉にセラフがそんなことを言いだした。
『待て、待て待て』
百万コイル? それはクレンフライの賞金を全部使うということか。それを使われてしまうと俺の手持ちが全て無くなってしまうだろう。
『それはどうしても必要なのか?』
『相場よりは高めだけど、あれば便利でしょ』
『相場より高いのかよ』
『ふふん。最前線まで行かずにそれなりのものを手に入れようとしたら高くなるのは仕方ないでしょ』
俺は大きくため息を吐く。
『今すぐ必要じゃないな。最前線で普通に手に入るなら、そこに辿り着いてからにしてくれ』
『ふーん。仕方ないわね』
セラフはかなり不満そうだ。分かっていたが、こいつは、あればあるだけコイルを使ってしまう性格のようだ。注意しなければならないだろう。
砂漠に入り、南西を目指して進む。
すると俺の目が――俺が見ているナノマシーンの光が地面の中に異物があるのを捕らえた。砂漠の中を大きなものが動いている。
『これは……』
『砂丘ミミズでしょ。東側のものより肉厚で不味いらしいわ』
『それは味が、か?』
『儲からないという意味でもでしょ』
150ミリ連装カノン砲を使えば普通に勝てるかもしれないが美味しくないなら無理に戦う必要はないだろう。砂の中を潜っているような相手と戦うのは面倒すぎる。
「カスミ、砂の中をミミズが動いている。避けて行くぞ」
[分かりました]
俺が言うまでもなくセラフが命令しているだろうが、先行するカスミに一応、俺からも伝えておく。
敵を避け、熱さと暑さに耐えながら砂漠を進む。そして夜の寒さに身を震わせている時だった。
『しまったわね』
突然、セラフがそんなことを呟いた。
『確かにな。毛布か何か、体を温めるものを買っておくべきだった』
キノクニヤへの道がこんなに冷え込むとは思っていなかった。ハルカナで話を聞いておくべきだっただろう。
『はいはい。お前のことなんてどうでもいいから』
『ん? 何かあったのか?』
『クルマを奪われたわ』
俺はセラフの言葉に首を傾げる。クルマを奪われた?
カスミが乗っているグラスホッパー号も、俺が今、乗り込んでいるドラゴンベインも、そのドラゴンベインに牽引させているシンのクルマも、全てのクルマがここにある。
盗まれるようなクルマはないはずだ。
『元々の持ち主が取り返したと言うべきかしら』
……。
あ。
俺はセラフの言葉に気付く。
『クリムゾンサード、か』
スピードマスターが乗っていた真っ赤な戦車だ。死んだはずのスピードマスターが取り返しに来た訳ではないだろう。
『ウルフか』
『ええ。カスミを残しておくべきだったわね』
『ゲンじいさんとイリスは無事か』
『持ち主が取りに来ただけだもの。預かり賃を払って終わりね。二人がどうにかなるはずないでしょ』
クリムゾンサードの起動キーはウルフが持っていた。
……そういうことになるのか。
『確かにやられたな』
『ええ。油断ね』
まさか、こんな真正面から普通にクルマを奪われるとは思わなかった。確かにあいつは俺にクルマを預けると言った。その通りだろう。ウルフがずる賢いというよりも俺たちが間抜けだっただけだ。
『ため息が出そうになるな』
『ええ』




