319 おにのめにも03――『犬、か』
『ふふん。それでどういうルートでいくつもり?』
セラフが聞いてくる。
どういうルート、か。
俺が目指しているのは西のキノクニヤだ。
『逆に聞くがどういうルートがある? どのルートがお勧めなんだ?』
『あらあら、そんなことも自分で判断が出来ないのかしら。レイクタウンから西に進み、天部鉄魔橋の目前で南下、ビッグマウンテンを左手に見ながら進むルート、ハルカナから南下してビッグマウンテンを右手に回り込むルート。ルート的にはこの二つね』
『それで?』
『今のお前にはどちらも変わらないでしょ。好きなルートを進めばいいわ』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
どちらも同じ、か。
シンたちクロウズがキノクニヤからレイクタウンまで遠征してきたくらいだ。そこそこに安全で、そこそこに危険なのだろう。
『分かった。ハルカナから南下するルートを進む』
『あら? そうなの? そうする理由は? ハルカナに何か用があるのかしら』
俺は首を横に振る。
『単純に補給が出来ると思っただけだ。それなら積み込む荷物も最低限で済むだろう?』
『あらあら。そんなことを気にするなんて。クルマなら、お前のドラゴンベインにカスミが乗っているグラスホッパー号、それにあのクルマも荷物を積むくらいは出来るでしょ』
セラフが言っているあのクルマというのはシンのクルマのことだろう。
『確かにな。だが、壊滅的な打撃を受けたレイクタウンでまともな補給が出来るとは思えない。食料や水、それに着替えを用意するにしてもハルカナの方がマシだろう』
『ふふん。食料や水なんて必要ないでしょ』
『俺には必要なんだよ』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
レイクタウンで最低限の補充を終え、まずはハルカナを目指して出発する。
しばらくは何事も無い静かな旅が続いた。何処にでも現れるバンディットたちが珍しく出てこない。
そして、それはもうすぐハルカナに着くという時だった。
[敵反応です]
先行していたカスミの乗ったグラスホッパー号から通信が入る。
「分かった」
やっと、いつものようにバンディットたちが襲ってきたのかと思ったが微妙に反応が違う。もっと小さな反応だった。
一旦、連結して運んでいたシンのクルマを外し、グラスホッパー号に追いつく。そこではすでに戦闘が始まっていた。
グラスホッパー号が激しく蛇行しながらグラムノートの一撃を叩き込んでいる。グラスホッパー号に襲いかかっていたのは背中から機銃を生やした子犬の群れだった。
『犬、か』
『あら? 何か思うところがあるのかしら』
『いや、前もハルカナの周辺で犬に襲われたな、と思い出していただけだ』
ドラゴンベインに搭載したHi-FREEZERとHi-OKIGUNを動かし炎と氷で犬の群を薙ぎ払う。
『あらあら。せっかくの新しい主砲を撃ってみないの? ちょうど良い実験台じゃない』
俺は小さくため息を吐く。セラフの試したい気持ちは分かる。ここまでの旅が順調すぎてバンディットやビースト、マシーンたちと出会えていない。セラフは早く実験したくてしょうがないのだろう。
『群を相手にするならこっちの方が向いているだろ』
グラスホッパー号を追いかけていた子犬の群が炎に焼かれ、霜が降りて口から氷と血を吐き倒れる。攻撃を受けたことでこちらに気付いたのか群の一部が動く。
子犬たちが背負った機銃をこちらに向け、何かを撃ち出す。
べちゃり、べちゃり、とドラゴンベインのシールドに何かが張り付く。
『血? 肉片のような感じだが、何だ? 何を撃ち出しているんだ?』
『ふふん。どうやらこの個体たちは、まだ上手く弾丸が生成出来ないみたいね』
生成出来ない?
飛ばしているのは肉片か? まさか、自分の肉を、弾丸として飛ばしているのか?
べちゃり、べちゃり。
ドラゴンベインのシールドに肉片が弾ける。この攻撃でダメージらしいダメージは受けていない。殆どパンドラの残量は減っていない。
子犬だけあってまだ戦えるようなレベルでは無いだろう。
だが……。
受けているダメージはゼロではない。少しはパンドラを削っている。そして、この子犬たちは何故か敵意を剥き出しにしてこちらに襲いかかってきている。
無視することは出来ない。
ドラゴンベインを動かし、子犬の群へと突っ込む。突っ込みながらHi-OKIGUNで子犬たちを燃やしていく。
『あらあら、なんて残酷。慈悲の心がないのかしら』
『セラフ、お前がそれを言うのか。この時代、こんな場所で、敵意を剥き出しにした相手に、弱すぎるからと情けをかけろと言うのか』
『ふふん』
セラフは笑っている。本当にそう思っている訳では無く、ただ俺をからかうために言っただけなのだろう。
子犬の群から飛び出た一匹がこちらへと飛びかかる。シールドを抜け、ドラゴンベインの砲塔へと齧り付く。ドラゴンベインの砲塔を旋回させて噛みついてきた子犬を吹き飛ばす。
『油断すれば負けるのは俺だ。今は平和な時代ではない。子犬だろうと敵なら倒すべきだろう』
『ふふん。その通り。お馬鹿さんかと思ったけど良く分かっているじゃない』
子犬たちを燃やし、凍らせる。
無慈悲に殺す。
そして、こちらに敵わないと思ったのか、生き残った子犬たちが逃げていく。
『ふふん。今がチャンスね。さあ、早く撃ちなさい』
『必要ないだろ』
セラフはどうしても主砲の試し撃ちがしたかったようだ。だが、そこまでする必要は無い。逃げるなら逃げれば良い。
グラスホッパー号の方を見る。そちらを追いかけていた子犬たちも逃げだしたようだ。戦闘は終わりだ。
『……なぁ?』
『何かしら?』
セラフの返事は何処か不機嫌だった。
『グラスホッパー号にグラムノートは向いてない気がしないか?』
『そうかしら』
試し撃ちが出来なかったことに不満があるのだろう。
『連続で撃てないから逃げ回る羽目になっていただろう?』
『一撃の威力は重要じゃないとでも? グラスホッパー号の機動力があるから次弾の装填まで時間を稼げるんでしょ』
『そうとも取れるか』
確かに俺もそう思っていた。だが、それはグラスホッパー号だけだったからだ。ドラゴンベインと二台で運用するなら牽制に使えるような武装の方が向いている気がする。




