315 最強の男10――「なるほど。だが、なんで俺に?」
小柄な男だ。俺よりも背が低い。小学生くらいだろうか。百五十センチもないだろう。
『ふふん。四天王で最弱の、確か名前はクレンフライと言ったかしら。まぁ、覚えなくていい名前でしょ』
小柄な姿だけを見ると子どものように見える。だが、その顔は深い皺が刻まれ、まるで老人のようだ。小柄な男はここでは珍しいくらいの厚着をしていた。手には分厚い手袋がはめられている。肌を晒すのを嫌っているかのようだ。
手袋か。
俺は小柄な男の死体から手袋を外す。その手は干からびたように骨と皮だけになっていた。まるで一気に年老いたかのような姿だ。それこそ、吸血鬼に血を吸われたかのような……。
『セラフ、こいつは最初からこうだったのか?』
俺はセラフに聞いてみる。
『お前の言っている意味が分からないんだけど。お前は何を言っているのかしら?』
セラフが何かを誤魔化している様子は無い。本当に俺が言っている意味が理解出来ないようだ。
どういうことだ?
俺はまだ幻覚を見ているのか?
いや、違う。ナノマシーンの煌めきがこれを現実だと教えてくれる。
このアクシード四天王のクレンフライは、老人のような容姿――骨と皮だけの、こういう奴だったのだろう。もう真実は分からない。だから、そう思うしかない。
俺は部屋の外に出る。
そこにはシンの死体の前で力なく座り込む豚鼻の姿があった。
『ああ、こいつが生きていたか』
そして、シンは俺が見た幻覚では無く、本当に死んでいた。あの戦いは幻では無かった。
『ふふん。こいつも殺したいの? まるで殺人鬼ね』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
豚鼻は何故か半裸だった。いくらここが暖かいといっても半裸は不味いだろう。俺みたいに不名誉な称号が付けられてしまうかもしれない。それともこの豚鼻はそれを狙っているのだろうか。
「あ! このクソ餓鬼、それは俺の! 俺の服を!」
俺に気付いた豚鼻が先ほどまでのしょんぼりとした様子から打って変わり、鼻息荒く怒り出していた。
服?
俺は自分の服を見る。
ああ、そういえば、この豚鼻から服を借りていたか。
「すまん。服を借りていた」
「借りた? 盗んだの間違いだろうが! 人のものを取ったら泥棒だぞ!」
豚鼻が喚いている。
……。
まぁ、怒るのも当然か。
「分かった。買い取らせてくれ。相場の倍は出そう」
「ばっか、お前、三倍だ、三倍!」
「三倍か。分かった。それでいいな?」
「……気が変わった。四倍だ!」
豚鼻が調子の良いことを言っているので、とりあえず鼻を潰すほどの勢いで殴っておく。いや、すでに鼻は潰れているか。
「ぶひ、おま、お前、暴力を振るうとか!」
豚鼻が潰れた鼻を押さえて喚いている。
『セラフ、こいつの口座に四倍で振り込んでおいてくれ』
『はいはい』
『それで、どうだ?』
俺はセラフに確認する。
『ふふん。侵入成功、順調よ』
俺は肩を竦める。
「金は払ったから、この服はもう俺のもので良いよな?」
「ああ、好きにしろよ」
豚鼻が吐き捨てるようにそう言うと、すぐにシンの前に向き直った。豚鼻はシンの死を悼んでいるようだ。
「シンは……」
「無理に言わなくてもいいぜ。分かってるからよぉ」
豚鼻は何処か達観したような様子でそんなことを言っている。上手く行っているのだろう。
「そうか」
「ああ。強い者が正しい。強い者は正しいんだよ! それだけだ。お前はクソ餓鬼だが、強ぇ。俺が知っている中じゃあ最強だ」
「そうか」
こんな崩壊した世界では、どれだけオフィスという組織が秩序を持ってまとめようとしても無駄なのかもしれない。いや、それすら管理するための手段かもしれない。
「クソ餓鬼……いや、ガムさん、頼みがある」
シンを見ていた豚鼻が顔を上げ、俺を見る。
「なんだ?」
「西にあるキノクニヤにリバーサイドって場所があるけどよ、そこにシンさんのクルマを届けて、シンさんが死んだことを伝えてくれないか」
豚鼻がシンの死体から、手の平サイズの黒く細長い板のようなものを取り出す。豚鼻がシンの前に居たのは、シンの死を悼んでいるのではなく、これを探していたからだろうか。
「それは?」
「シンさんのクルマのキーだ」
「なるほど。だが、なんで俺に?」
「最初は俺が持っていこうと思ったさ。だが、あんたは強え。だから気が変わった。あんたに頼みたい」
「俺がシンのクルマを盗るかもしれないぞ」
「そうなったら、それは仕方ねぇ。それも強者の権利だ」
俺は肩を竦める。
『この豚鼻から権利という言葉が聞けるとは思わなかったな』
『ふふん。弱肉強食を叩き込まれているんでしょ』
セラフはどうでも良さそうにそんなこを言っている。
この豚鼻とシンの関係は分からないが、シンのクルマを強者の権利だと俺に差し出す、か。
「シンのクルマをどうにかする権利がお前にあるのか?」
「だから、届けてくれって頼んでるんだよ!」
豚鼻はそんなことを言っている。俺は大きくため息を吐き、とりあえず豚鼻の顔面を殴る。
「びぎゃ。な、何するだ!」
「景気づけに一発殴ったんだよ。とりあえずその依頼は受けてやるよ」
殴り、先ほど潜り込ませたナノマシーンを回収する。
『終わったか?』
『ええ。私を誰だと思っているのかしら。こいつの脳内にまで入り込んでいたナノマシーンは治療用途に戻しておいたから。これで大丈夫でしょ』
これでこいつが狂うことは無くなるだろう。
……西のキノクニヤ、か。
『確か、そこにもノルンの端末があったよな?』
『ええ』
シンの遺言ではチョーチンに行けと言っていた。豚鼻はリバーサイドという場所に行けと言っている。
どちらにせよ、キノクニヤに行けば済むことだろう。
『ふふん。次の目的地が決まったようね』
『ああ。オフィスで報酬をもらってドラゴンベインを回収したら向かおう』
次回は人物紹介の予定です。




