314 最強の男09――「今更、お前を疑うか。お前なら出来るだろ?」
さあ、考えろ。
考えるための時間はセラフが作ってくれた。
答えは分かっている。その答えへと至る方法を考えろ。
ナノマシーン。
俺の体を構成している目に見えないほど小さな機械だ。その機械が俺の中で人の細胞のフリをしている。だが、人の細胞のフリをしているといっても、所詮、機械だ。こんなにも簡単に狂わされてしまう。外部からの干渉を受けてしまう。いや、それは俺が全てを把握し、管理出来ていなかったことが原因か。
全て把握して管理する?
何十兆もある機械を全て把握することなんて可能なのか?
無理だろう。
出来る訳が無い。
諦めなければ可能だ、なんていう精神論で何とかなるレベルを超えている。人の能力の限界を超えているだろう。
では、どうするのか?
人の限界を超える? それもありだろう。それが出来れば、だが。
俺が人狼に変身することが出来るのも俺の体がナノマシーンで造られているからだ。その変身に際して俺はナノマシーンの一つ一つに命令を出しているか? 違うだろう。
斬鋼拳を使う時、俺はナノマシーンを意識しているか? 一つ一つのナノマシーンに命令をしているか? 違うだろう。
全て俺の体がナノマシーンだから出来ることだが、俺はそれをナノマシーンだと認識し、命令して使っている訳では無い。
出来るから出来ることをやっているだけだ。
俺は自分の顔を殴る。
「ちょっと何をやってるの? 方法が思いつかなくて狂ったの? 馬鹿なの?」
セラフが呆れた顔で俺を見ている。
実際にセラフの姿を見ることが出来るのも今だけか。
「いや、考え過ぎた脳を覚醒させただけだ」
「あらあら。お馬鹿なのも困りものね」
セラフは俺を馬鹿にしたような言葉を口にしているが、これはこちらを心配してのことだろう。セラフは俺と一蓮托生な関係だ。これからを考えて自分を心配しているだけなのかもしれないが。
「ふぅ」
俺は大きく息を吸い、吐き出す。
出来ないなら出来るようにすればいい。これが基本だ。
答え?
答えもやることも全て理解した。後は終わらせるだけだ。
だが、そのままでは――このままでは再び同じことになってしまうかもしれない。
俺の体がナノマシーンで構成されている以上、それを操作出来る相手には弱い。その弱点を消すことは出来ない。
俺は目の前のセラフを見る。セラフは得意気に腕を組んで俺を見ている。
「ふふん。何かしら?」
「セラフ、お前の力を借りるぞ」
「あらあら。これ以上私の力を借りるなんて、お前はそれを私に返すことが出来るのかしら」
セラフの本体は俺の右目だ。セラフだけがナノマシーンで構成された俺の体の中で異物となっている。ナノマシーンの影響を受けない。
ナノマシーンは俺の体だ。動かしているのだから、動いているのだから、命令は出来るはずだ。狂わされていたとしても命令は出来る。命令が拒否されている訳ではなく、それが狂っているだけだ。何十兆もある全てのナノマシーンに命令を出すことは出来なくても、一つなら、数個なら何とかなるはずだ。
斬鋼拳を使った時と同じだ。
その数個をリーダーとしてグループを作る。規模を大きくしていく。数個にしか命令が出来なくても、人の処理能力で可能な数個だけでも、それを元にして全体を動かすことは出来るはずだ。
システムを構築する。
「ちょっと、ちょっと、何をやっているの! 何をやるつもりなの!」
命令。システム。数値。プログラミング。
コマンド。体系。ワード。行動計画。
一つを複数に。
オーバーロード。
セラフを頂点としてナノマシーンのコントロールを行うように造り替える。俺の中に命令形の『箱』を創る。
「お前、それが何か分かっているの」
セラフが慌てた様子で俺を見ている。俺は口角を上げる。
「今更、お前を疑うか。お前なら出来るだろ?」
俺の言葉を聞いたセラフがグッと詰まり、改めてニヤリと不敵に笑う。
そして世界が弾けた。
空中で制止していた戦闘人形たちが消える。全ての幻が消える。
俺の見ている世界が、セラフの見ている世界と重なる。
見えていたものが消え、見えていなかったものが見えるようになる。
世界がキラキラと輝いている。
『これは……』
『ふふん。散布されたナノマシーンね』
『そうか』
この世界にはナノマシーンが溢れている。
溢れていたのか。
俺は見えていなかった。
漂うナノマシーンがチカチカと光り、相互に通信を行っていた。情報のやり取りをしているのだろう。もしかすると今の時代の通信はこの散布されたナノマシーンを使って行われていたのかもしれない。
「うっ」
俺は突然の頭痛に頭を抱え、膝を付く。
『ちょっと!』
セラフの驚きの声が頭の中に響く。
『心配するな。少し負荷がかかりすぎただけだ』
見えないものを見ていたからか、脳の処理が追いつかなくなったらしい。
……。
だが、そのうち慣れるだろう。
俺は大きく息を吐き出し、ゆっくりと立ち上がる。
俺は周囲を見回す。瓦礫だらけだった周囲の様子が変わっている。色々と破壊され崩れているが、先ほどとは違い綺麗な建物に変わっている。廃墟から壊れただけの建物に様変わりだ。
それもそうか。ここは、つい最近までクロウズのオフィスとして動いていたはずだから。
そして、俺はそこに転がっている死体を見つける。
『あれは?』
『ふふん。アクシード四天王とやらの一人ね。自分のことを四天王最弱だって名乗っていたかしら。お前を苦しめた最弱ね』
『なるほど』
俺のナノマシーンを狂わせたのがこいつなのだろう。
恐ろしい相手だった。俺一人だったら、セラフが居なかったら、俺は負けていただろう。
俺は死体へと歩き、その顔を見る。
「これは……」
次回更新は2022年の3月3日木曜日の予定になります。




