313 最強の男08――「期待に応えてやるさ」
襲ってきた戦闘人形の手刀を打ち払う。飛びかかってきた戦闘人形を躱し、そのすぐ後ろから現れた戦闘人形の蹴りを逸らす。向こうの連携は完璧だ。どれだけ人数が多くなっても一人の人間に対して一度に攻撃が出来る人数は限られる。だが、奴らはそれを一糸乱れぬ連携で補い、隙と無駄を無くしている。防げたとしても体力を削られ続けるだけだ。
……。
だが、攻撃パターンは変わっていない。変わったのは相手の数だけだ。それが一番厄介だと言えばそうなのだが、対処は可能だ。パターンが読めるなら、相手の攻撃の途中途中で息を整えることも出来るはずだ。先ほどまでとは違い、左腕も動くようになった。こちらのハンディキャップは消えている。問題は……。
俺の後ろに隠れているセラフを見る。問題はセラフを守りながら戦うことか。相手が七体も居ると攻撃を全て捌くのは難しい。少しくらいはセラフに攻撃が飛んでも大丈夫だろうか?
「ちょっと、変なことを考えてないでしょうね」
「ああ。変なことは考えていない。お前を無傷で守り切るのは難しいと思ったくらいだ」
「はぁ? 充分、変なことでしょ。私を守りなさいよ」
「セラフ、お前、何をしにここに来たんだよ。邪魔をしに来たのか?」
俺は喋りながらも戦闘人形たちの攻撃を捌いていく。戦闘パターンは豊富だが、すでにその殆どを把握している。この戦闘人形が俺の記憶を元にして作られたものだというのならば、これ以上の変化はないだろう。俺の覚えていないような記憶から甦らせたものもあったが、それだって限界がある。俺が知らなかったとしても、覚えていなかったとしても、考えられる技のパターン、派生は限られている。
こいつらの動きはすでに見切っている。
「あらあらあら! 何をしに来た? お前に自覚させるためでしょ。それに私は……」
俺はまだ何か喋りたそうにしているセラフを引っ張り、投げ飛ばす。
「ちょっと!」
セラフが叫ぶ。だが、俺はそれを無視する。それどころではない。
迫っていた掌底をセラフの代わりに額で受ける。頭が揺れる。揺れる視界の中で身を捻り、迫っていた戦闘人形の一体を蹴り飛ばす。
躱し、捌き、攻撃する。一体でも倒せれば、それだけ楽になる。
肉を切らせて骨を切るではないが、多少の負傷は仕方ない。それよりも攻撃が優先だ。体が動く内に数を減らしておかなければ、押し切られて負けてしまうだろう。
敗北、か。
この戦闘人形たちは俺が生み出した幻覚らしいが、それに負けた時はどうなるのだろうか。心が砕け、廃人にでもなるのだろうか。
戦闘人形の掌底を躱し、迫る手刀を打ち払い、飛んできた蹴りを体で受け止め、そのまま肘と膝で挟み砕く。
やったか?
俺は背後から攻撃を受け、地面を転がる。すぐに体勢を立て直し、拳を構える。
俺が生み出した幻覚だからか、俺を狙っているようだ。セラフを守らなくて良い分、まだマシか。
と、俺がそう考えた時だった。
戦闘人形たちが、ぎぎぎと顔を動かし、俺が投げ飛ばしたセラフを見る。まさか、俺が認識したからか?
俺が厄介だと思う行動を取るようになっているのか!
戦闘人形たちがセラフへと飛びかかる。
俺は手を伸ばす。
駄目だ、間に合わない。
「ふふん」
だが、セラフは笑っていた。
次の瞬間、戦闘人形たちが止まっていた。飛びかかった姿のまま、空中で動かなくなっている。
俺は伸ばした手を戻し、セラフを見る。
「何をした、セラフ?」
「ふふん。直通で繋いでいるって言ったでしょ? 聞いてなかったのかしら。それとも聞いても理解が出来なかったお馬鹿さんなのかしら」
俺は肩を竦める。
「それで?」
「ふふん、邪魔をしに来たって言ったかしら? あらあら、私が何も考えずに来るとでも? そんなことをすると思っていたの?」
「はいはい。それで何をしたんだ?」
「ふふん。今、私はお前と直通回線で繋がっている状態だから。それがどういうことか分かるかしら? 私の命令をお前の命令だと誤魔化しているって言えば分かるかしらぁ?」
「なるほどな」
俺は理解する。
「ふふん。理解したようね。ただし、これはあくまで時間稼ぎ。この後、ここから抜け出せるかはお前次第だから」
セラフは俺を見ている。俺がなんとかしなければ、セラフもこの幻覚に囚われたまま終わってしまうはずだ。一蓮托生。これはセラフにとっても賭けのはずだ。
ふぅ。
俺は大きく息を吐き出す。
俺は目の前の空中で止まった戦闘人形を見る。これは幻覚だ。いや、幻覚と言い切って良いものなのか迷うところだ。俺には実際にそこにあるようにしか見えない。これは俺の脳を構成しているナノマシーンが、そこにあると判断しているのだろう。視覚情報がおかしい訳ではない。視覚だったなら、右目で見れば現実が見えるはずだからだ。まずは脳、か。
攻撃によるダメージも、手応えも、ナノマシーンが実際と同じように再現するのだろう。そうやって幻が現実として構成されている。
戦闘人形の幻は消えない。そこに残っている。
俺を構成しているナノマシーンが狂ったままだという証明だ。
俺はもう一度セラフを見る。
「ふふん。お前がなんとか出来るように時間稼ぎくらいはしてあげるから、早くなんとかしなさい」
セラフは得意気に笑っている。セラフは俺を信じているのだろう。それだけのものを俺とセラフは積み重ねてきた。
そうだな。
「期待に応えてやるさ」
ここまでやって来たセラフの期待に応えてやるとしよう。
2022年8月29日誤字修正
飛びかかってきた戦闘人形の躱し → 飛びかかってきた戦闘人形を躱し




