312 最強の男07――「七が縁起が良いなんて言い出したのは誰なんだ?」
「それで?」
俺は目の前のセラフに聞く。今、俺が置かれている状況は理解した。どうやれば、この永遠に続く幻想の世界から抜け出せるかも分かった。
俺の体を構成している群体が狂っている。いや、悪意を持って狂わされた、か。その影響で幻覚を見ている。
その群体を完全に支配し、自分の意思でコントロールが出来るようになれば抜け出せる。
それは分かった。
だが、そのための方法が分からない。
どうやればナノマシーンを完全に支配することが出来るのか。
「ふふん」
セラフはゆったりとした衣で誤魔化した薄い胸を反らし得意気に笑っている。
……。
俺は大きくため息を吐く。
これは間違いない。
「お前、何も考えていないだろ」
合理的な判断を選択する人工知能の行動とは思えない。まるで普通に人を相手にしているかのような、そう思わせるほどの――それだけ高性能な人工知能なのだろう。人と間違うほどの感情を持ち、柔軟な思考が出来る人工知能。だが、今はそれが悪い方向に働いているとしか思えない。
いや、違う。だから、俺を助けに来たのか。今の俺が置かれた状況を考えれば助けに来てくれただけでもありがたいと思うべきなのだろう。セラフなら、今の俺から体の支配権を奪い、自分の体にすることだって出来たはずだ。それがセラフの目的だったはずだ。だが、セラフは俺を助ける選択をした。機械では選ばない選択。だからこそ、セラフはセラフなのだろう。
「ふぅ。ただ来ただけなんて役に立たないな」
俺はニヤリと笑い、肩を竦める。
「はぁ? 馬鹿なの。方法は思いついているから。いくつか考えたから。ただ、お前にはできそうにないから言わなかっただけだから。何も考えてない? この私が? 馬鹿なの。そんな訳がないでしょ。お前の体を構成しているナノマシーンの数を考えなさい。お前にそれだけの数が把握出来るかしら? それらを一個一個管理して、制御なんて出来る? 無理でしょ。ナノマシーンは……」
「待て」
俺は勢いよく喋り出したセラフを止める。止めなければ、一生喋り続けそうな勢いだ。
「はぁ? 待てって何」
セラフが不満そうに口を尖らせている。
俺はセラフの言葉を止めて考える。何かが引っ掛かった。
何だ?
数?
ナノマシーンの数を考える。人を構成している細胞の数は何十兆もあるという。ナノマシーンがそれよりも少ないとは思えない。それら一個一個を把握し、管理するなんて、それこそそれ用の機械でもなければ無理だろう。人の脳で処理が追いつくとは思えない。
普通に考えれば不可能だ。
だが、先ほど、俺は何を考えた。なんと考えていた?
今の俺から体の支配権を奪い……? そう考えたはずだ。俺がこの体を支配している。普通の人だって一つ一つの細胞に働きかけることは出来ないが、体を動かすことは出来る。体だって、内臓だって、何も考えずに――意識すること無く動いているはずだ。
それに脳だ。俺は脳もナノマシーンで造られている。全身がナノマシーンなのだから間違いないだろう。人の脳では処理が追いつかない? ならばナノマシーンの脳なら?
ナノマシーン。
目に見えないほど小さな機械。
斬鋼拳を使う時のことを思い出す。あれはこの体を構成しているナノマシーンを使う技だ。人狼化はどうだ? あれだってナノマシーンを操作して行っている変身のはずだ。
もう少しだ。もう少しで何かが掴めそうな気がする。
「はぁ? ちょっと、あれ! ちょっと、どうなってるの!」
セラフが俺を引っ張り、思考の閃きを邪魔する。
「おい。お前は何をしに来たんだよ。邪魔を……」
と、そこでセラフが邪魔した理由を理解する。
俺たちの前に七体の戦闘人形が現れていた。
七体、か。
三体同時までは倒した。今度は、その倍プラス1、か。
俺を掴んでいるセラフを見る。セラフの分がプラス1なのかもしれない。三体でもギリギリだったのに、その倍以上だ。しかも、セラフを守りながら戦う必要がある。
……守る?
セラフは戦えるだろうか? 今までのセラフの戦闘を思い出す。人形を使って戦っていた時はそこそこだった。弾道計算などの計算能力、処理速度の速さを生かした戦いは得意かもしれない。戦闘勘が悪くても処理能力でカバー出来るはず。
「セラフ、お前、格闘技の経験は?」
「はぁ? ふふん、誰にものを言っているのかしら。格闘に関する情報も手に入れているに決まっているでしょ」
情報、ね。
「それなら少しは任せても大丈夫か?」
「はぁ? 何を言っているのかしら。お前と接続するために処理能力の殆どを割いているのだから戦える訳がないでしょ!」
セラフ、お前は何をしに来たんだ。
「それなら俺とのリンクを切るのは?」
「ふふん。お前の意識がズタズタになっても良いならやるけど? 誰がお前の意識が霧散するのを守っていると思っているのかしら」
「そうか」
俺は腰を落として拳を構える。
「セラフ、俺の後ろに隠れていろ」
メイド服を着込んだ七体の戦闘人形たちがスカートの裾を掴み、一糸乱れぬ優雅なカーテシーをする。
俺は大きくため息を吐く。
「七が縁起が良いなんて言い出したのは誰なんだ?」




