031 プロローグ28
森を目指し、線路跡を歩く。
『線路の跡が残っているということは最近まで汽車が走っていたということか?』
『はぁ? 汽車って! 今時、汽車って!』
頭の中にこちらを馬鹿にするような声が響く。ホント、コイツはさぁ。
『上を見て見ろ。上に架線がないだろう? それがあった跡すらない。となれば、ここを走っていたのは電車ではなく蒸気で動く汽車だということだろう』
俺がわざわざ説明してやると、頭の中に笑い声が響いた。
『考えが化石ぃ。電車と汽車しか存在しないと思っているのぉ?』
『違うのかよ』
『ふふふん』
セラフは笑うだけで答えようとはしない。まぁ、そういうヤツだよな。
しかし、線路か。何に使われていたのだろうか。
『ふふふん。さっきのスラム、ビルの残骸が多かったでしょ。あそこ、昔は団地が一杯ある住宅街だったはずだからぁ、それで分かるんじゃない?』
頭の中にこちらを小馬鹿にするような声が響く。聞いたことには答えないくせに聞いてもいないことにはちゃっかりと答えるんだから、本当に性格が悪いよな。
で、結局、用途が分からない。ビルを作る素材を運んでいたとか、その程度のことなのだろう。
そして、そのまましばらく線路跡をなぞるように歩いていると、俺の横に見覚えしかない真っ赤な戦車がやって来た。
こちらの歩く速度に合わせて器用に併走する真っ赤な戦車の搭乗ハッチが開く。そして、そこから真っ赤な格好の男が現れた。
「よぉ、首輪付き。どうだ? クロウズにはなれたか?」
そいつは真っ赤なサングラスを光らせキザに笑っている。
「スピードマックスか……」
「スピードマスターだ!」
真っ赤な男――スピードマスターが食い気味に喋る。その真っ赤な男の下ではキュルキュルと音を立て無限軌道がゆっくりとまわり、動いていた。戦車の中に誰か居るのか? それとも自動操縦か何かだろうか?
『ふふふん。反応は一人。だから自動操縦に決まってるじゃん』
そうか。
「で、どーよ?」
「試験は一週間後らしい。クロウズに就職するのはそれが終わってからだと。それと試験を受けるのには千コイルが必要だとかで借金が増えた。やれやれだ」
俺は肩を竦める。本当にやれやれでため息しか出ない。借りたものばかりが増えて嫌になるよ……って、ん? 真っ赤なスピードマスターが、やってしまったという感じの顔で額に手を当てている。
んん?
「首輪付き、何処かに向かうところなんだろ? よ、よし、俺が送ってやるぜ。気にするな、そうだ、気にするなよ。そしてオフィスでの件は忘れるんだ。じいさんに言わないよな? だから、ほら、乗れよ」
ん? 気になる言い方だ。つまり、だ。
「つまり、お前のやらかしをゲンじいさんに言えば良いのか?」
「やらかしって言うなよ。その千コイルが必要だろうから、修理費を大きく値引きしてくれたって今気付いただけじゃねえか。そんな大きなミスじゃないだろ?」
スピードマスターは真っ赤なサングラスを光らせ、誤魔化すように頬を掻いている。そういうことか。まぁ、人の力に頼りすぎるのも問題だから、そこは別に良いこととしよう。
「ほら、乗りな。新米がクルマで送迎なんて普通は味わい無いぜ! こんなことは滅多にないことなんだぜ。ほらほら、逆に得したじゃねえか」
スピードマスターはそんなことを言いながら笑っている。随分とお調子者のようだ。
『馬鹿なだけでしょ』
まぁ、馬鹿だな。
「目的地は湖の向こう側、森の中だ」
俺は併走している真っ赤な戦車に飛び乗る。
「分かったぜ」
搭乗ハッチから上半身を見せていたスピードマスターが戦車の中に潜り込む。俺はそのままその搭乗ハッチに座る。
「中に入っても良いんだぜ」
「狭そうだから、ここでいいさ」
風景もよく見えるしな。
真っ赤な戦車が走る。戦車だけあって悪路をものともしない。障害物を乗り越え、踏み潰し、粉砕し、進んでいく。
そして線路跡と併走するように巨大な湖が見えてくる。湖の中心部には見覚えのある島も見える。
「島か……」
「ああ、島が見えるだろ? 知っているか? あそこには大量のコイルが眠っているらしいぜ。手に入れれば、それこそ一攫千金だって噂だぜ。だがな、あそこを目指して戻ってきたヤツはいないらしいからな」
「戻ってきたヤツが居ないのに大量のコイルが眠っているって分かるのかよ」
まぁ、あるんだけどさ。
「だから、噂なんだろ」
「確かにな」
戦車が湖を眺めながら走る。
「と、そうだ。スピードマスター、そのクロウズの先輩に聞きたいことがあるけどさ」
「あ? 何だ?」
「もし、この戦車が奪われたら……」
「殺す」
スピードマスターが食い気味に答える。
「人のものを奪うヤツはバンディットだ。盗賊だ。盗人には死を、だ。これはこの世界のルールだぜ」
「そうか」
この世界のルール、か。
「おい、首輪付き、お前が何を考えているか分からないが、この世界での命は軽いぜ。奪ったら殺す。そして、欲しいから殺して奪う馬鹿もいる。まぁ、だからこそ俺たちクロウズが存在しているんだけどな」
「存在している?」
と、そこで戦車が動きを止める。
「ん? どうした?」
「首輪付き、見てな」
真っ赤な戦車に備え付けられた小さな機銃が動く。
「首輪付き、見えるか? ビーストどもだ」
右目の視界に地図といくつかの動く真っ赤な光点が表示される。右目の赤い光点とともに現れたのは前足が巨大な鉄の塊と化した犬たちだった。セラフが敵を表示しているのか?
『ふふふん』
セラフは得意気だ。どうやらそれで正解か。
そして、機銃が火を噴く。
機銃が一瞬にして化け物犬どもをミンチに変える。
「瞬殺かよ」
「当然だろ。この辺は雑魚ばかりだからな。町の周辺だぜ? 危険な連中が棲息している場所に町を作るかよ。ま、俺様のかわいこちゃんが凄いってのもあるけどな!」
「そうか」
「そうだぜ。んで、これがクロウズの仕事だ。ビーストの退治やマシーンの排除が多いな。後は隊商の護衛とかか。そして、だぜ。バンディットの討伐だ」
「バンディット、盗人か」
「そうさ。人から物を奪うようなヤツは殺せ。だが、先輩として一つ忠告だ。その時、そいつらが持っていた物は一応、自分の物としても良いけどな、後のもめ事を避けたいならオフィスに持ち込め。そこで査定して、許可が出れば安心して自分の物に出来るからな。不安な物は買い取ってくれるし、間違いないぜ」
なるほど。オフィスはそういう役目もあるのか。
「先輩らしいためになる話で助かる」
「おうさ」
そんなことを話しているうちに森が見えてくる。
「首輪付き、ここまでだな」
「ああ。助かった」
「ま、良く分からないが、頑張れよ」
スピードマスターが大きな金属の腕をこちらへと伸ばす。
「適当にやるさ」
俺はその腕を軽く叩く。
そのまま真っ赤な戦車から飛び降りる。
さて、借りを返しに行くか。
……と、どうせならスピードマスターから食料と水を分けて貰えば良かったか? いや、そこまで行くと甘えすぎか。
やれやれ。
とりあえずサクッと終わらせてこよう。




