309 最強の男04――「あら、そう」
膝を付いていた小柄な男が、口から血を吐き出し、そのまま倒れる。
セラフは死に逝く相手に何か言って悔しがらせようと思ったが、それすら面倒になって止める。セラフは何も言わない。勝ち誇ることもない。
「ふふん」
ただ、笑う。あざ笑う。
セラフがやったのは簡単なことだった。この施設に隠されていたノルンの端末を見つけ出し、その制御を奪い、探知と通信を妨害していた障害の原因を取り除き、隠れていた敵を探し、遠隔制御したグラスホッパー号の一撃でその敵を攻撃した。それだけだった。
もし、この施設にノルンの端末が無ければ、詰んでいたかもしれない。最弱の男――クレンフライに絡め取られたまま何も出来なかったかもしれない。それくらいにギリギリだった。ガムがこの施設を探索していなければ? この施設が島の司令塔だと事前に調べていたセラフの言葉は探索するきっかけになっただろう。だが、この施設の前にシンのクルマがあったからこそ、ガムはこの施設を調べようと思ったはずだ。この島を探索し尽くしていたシンたちが居たからこその勝利だった。余裕の勝利に見えるが、それくらい薄氷を踏むような勝利だった。クレンフライは島に誘導した時点で勝利を確信していたようだが、確かにそれだけの策だったのだ。
だが、それでもセラフは勝利した。そこでセラフは考える。
クレンフライを倒したはずなのにこいつが動かない。セラフに口があれば大きなため息を吐いたことだろう。
と、その時だった。
死んだと思われていたクレンフライがバネ仕掛けの人形のように飛び起きた。
「くくく、あの程度で僕が死んだと……」
「あら、そう」
だが、次の瞬間、クレンフライの体に穴が空いていた。
グラスホッパー号に搭載したグラムノートの再装填は終わっていた。このエリアの端末を支配しジャミングが消えた今、建物の中であろうとセラフが誰かを狙い撃つのは簡単なことだ。
致命傷となるほどの攻撃を二回も受け、さすがに耐えられない。
クレンフライが血を吐き出し、仰向けに倒れていく。
「くくく、終わると思わないことだね。これは呪いだ。僕の残した呪いだよ。彼がナノマシーンの集合体である限り、悪夢から抜け出すことはないんだよ。僕が死んだとしても! そう、悪夢は終わらないものだから……」
クレンフライはそれだけ言うと動かなくなった。
セラフは自分の目を通してクレンフライの体を確認する。生命活動は完全に停止している。今度こそクレンフライは死んだ。もう動き出すことはないだろう。
クレンフライとの戦いは終わった。だが、セラフは困っていた。セラフに人の体があったなら眉根を寄せて大きくため息を吐き、肩を竦めたことだろう。
ガムが目覚めない。ガムはクレンフライのナノマシーン制御による幻覚に囚われたままだった。
セラフは考える。
どうするべきかを考える。
ナノマシーンの制御権を持っているガムがその権利を貸し出さなければセラフには何も出来ない。だが、そのガム自身が幻覚に囚われ、権利の貸し出しどころではない。
狂った命令で動いているナノマシーンを修復させようにも、ここには何も無い。器具も薬もない。そういった施設まで向かおうと思っても、セラフが自由に動かせるのは制御権を持っている左の義手だけだ。義手だけで無理矢理動き、ガムを引き摺って行ったとしても、ここは海に囲まれた絶海の孤島だ。島から出る方法がない。船がやって来るのは三日後だ。そこまでなんとか待ったとしても、悪夢にうなされ、何をするか分からないガムを船で運べるとは思えない。
セラフが出来ることは少ない。
このまま何もせず奇跡が起こるのを待つなんて選択は論外だ。セラフ自身、こんなところで終わるつもりはない。セラフにはマザーノルンの支配権を奪い、その支配から自由になるという目標がある。その目標がある限り、セラフが自分の思考を止めることはない。
もう一つの選択。それは、セラフがガムの制御権を完全に奪い、自分がナノマシーンの支配者となることだ。そうすれば、すぐにでも狂ったナノマシーンに正しい命令を与え、元に戻すことが出来るはずだ。だが、それはガムという存在を消し、セラフという自分に上書きすることになる。
セラフは考える。
元々、体を奪うつもりだった。自分が自由に動くための素体にするつもりだった。実験の終了とともにマザーノルンに見捨てられ、放置され、ただ施設を管理するためだけに稼働させられていた自分が外に出るために使おうと思っていた体だ。
これはチャンスだ。
奪うことが出来る。
自由になれる。
目的を達することが出来る。
この体を奪い、マザーノルンに復讐することが出来る。
……。
と、そこでセラフは思い出す。
本来の目的――
「ふふん」
だから、セラフは笑い、選択する。
ポ○モンのイメージ。
「何故、その技を! お前にその技は使えないはずだ!」
「親から受け継いだこの技が! お前を倒す!」




