307 最強の男02――「あらあら、お馬鹿さん」
「今、何か聞こえたような気がするんだよ」
小柄な男がおどおどした様子でキョロキョロと周囲を見回す。そして、自分以外にはターゲットの少年しか居ないことに安堵のため息を吐き出し、コホンと小さく咳払いをする。
「気のせい……ですか? 気のせいですね。そうだよね。くくく、ナノマシーンを操作して幻想の迷路を創る僕が? 少しだけ神経質になっていたかもしれないね。そうだね。僕も少し緊張していたのかもしれないね。緊張感は大事だよね。それは油断していないってことだからね」
小柄な男がもう一度キョロキョロと周囲を見回す。
「他のクロウズたち? それは全て把握している。全て掌握済みだからね。ここにやって来るはずがない。ないんだよ」
部屋には小柄な男と少年の姿しか無い。小柄な男の目には少年の姿しか映っていない。
「くくく、自分が勝てないと思っている相手の! その力を! ここを守っているガーディアンと自分が勝てない相手の混ざったもの! それと戦っている夢を見ているんだから! うんうん、何か出来るはずがないよね。後はミメラスプレンデンスが処理するだろうから、このまま放置しよう。そうしよう。僕は最弱だからね。もっとも弱いんだよ。僕自身が攻撃されてしまったら死んでしまうからね。最弱は大変だよね。でもね、弱いと言うことを知っているからこそ、慎重にもなるし、考えることが出来るんだよ。策を考えることが、自分の能力を使い切ることが出来るんだよね」
小柄な男が少年を残しその場を立ち去ろうとする。
「ふふん」
そこにもう一度声が聞こえる。
小柄な男はビクンと体を震わせ、怯えた様子で振り返る。
「今、確かに聞こえたんだよ。何かの笑い声のような音が聞こえたんだよ」
小柄な男がビクビクと怯えながら周囲を見回し、ゆっくり少年へと近づいていく。
「臆病なのは悪いことじゃない。それは慎重だってことだからね。最弱な僕が臆病で慎重なのは仕方ないことだよね。ここにはおびき寄せたクロウズしか残っていないはずだよね。他の住民たちは……もう残っていない。僕が島全体に薬を配ったからね。この島の住人は何も知らないままオフィスの人形と戦って共倒れになったはずだよ。生き残りは全て海に沈んだはずだし、オフィスの核は停止しているから、人形も動かないはずだよね。全て完璧。僕らしい完璧な仕事だよね」
「ふふん」
「ひっ」
もう一度聞こえた笑い声のような音に小柄な男がビクッと過剰なくらい反応する。
小柄な男が室内をもう一度見回す。だが、そこには自分と少年しか居ない。存在していない。
そして、小柄な男は音の発生源に気付き、安堵のため息を吐き出す。
「なんて紛らわしい。とても驚かされたんだよ。くくく、僕の準備は万端。用意は調っている。全て把握している。何か起こるはずがないんだよね」
小柄な男はブツブツと呟いている。
笑い声のような音の発生源、それは少年の義手から発せられていた。少年が義手を動かした時の音がたまたま笑い声のように聞こえただけだった。
「その腕は義手だったね。元の腕は、うんうん、ミメラスプレンデンスが再構成して大切に保管……瓶詰めにしているのを見たよ。あの女は狂ってるね。他の三人全てが狂ってるから四天王でまともなのは僕だけだよね。にしても、音が出るなんて随分と錆び付いてるね。ガタが来ているようだね。道具は大切に使った方がいいよ。もう目覚めないだろうし、聞こえていないだろうけど忠告しておくよ」
この場には小柄な男と少年しか居ない。小柄な男が先ほどから少年に話しかけているが、その言葉は届いていない。小柄な男の自己満足でしかない独り言だった。
――そのはずだった。
「ふふん。そういうことね。全て説明してくれるなんて、なんてお喋りさんなのかしら。自分がやったことがこんなにも凄いんだぞって自慢したくてしょうがなかったんでちゅよねー。なんてお馬鹿さん」
小柄な男はその聞こえてきた声にぎょっとする。
「な、な、な、なななな、誰? 誰なんだよ!」
声は少年の義手から聞こえていた。少年の義手に喋る機能がついている訳ではない。少年の機械の腕が微妙な振動を繰り返し、言葉として音を発生させていた。
「あらあら、お馬鹿さん」
義手が笑っている。
「聞いてない。こんなのは聞いてないよ! コックローチもミメラスプレンデンスも言わなかった。教えてくれなかった! あいつら仲間を裏切ったのか。僕を裏切ったのか。最弱の僕には情報が重要なのに! 僕が情報を重要視していると知っているはずなのに! まさか僕を四天王から引きずり下ろすつもり? まさか、仲間を? 同じ目的の、同じ志の仲間を!」
小柄な男が顔を歪め叫んでいる。
「ふふん。なんて長い独り言! とーっても愚かで長い独り言ね。普段人と話をしていないから、そんなにも独り善がりで無駄に話が長くなるのかしら。憐れね」
少年の義手――セラフはいつもの調子でそんなことを言っていた。




