030 プロローグ27
窓口の女性の容姿が整いすぎていると思ったのも人造人間だったからか。だが、それがどうしたというのだろうか。さっきも思ったが、アンドロイドが人の代わりに受付をするなんて、これは近未来らしい出来事だな……その程度の感想しか出てこない。
で、だ。
そうやって窓口としてまともに活動しているアンドロイドを停止させて何か良いことがあるだろうか? 無いよな? 確実に混乱は起こるだろうし、ろくなことにならない予感しかない。
『はぁ?』
セラフのちょっとすねたような声が頭の中に響く。本当にコイツは何がしたいのだろうか。面白半分で行った行動の結果がどうなるか考えていないのだろうか。行動が短絡的な上に幼すぎて、とても人工知能とは思えない。
『はぁ!』
今度は怒ったような声が頭の中に響く。はぁはぁ言っているセラフはとりあえず無視してこれからのことだ。
クロウズのオフィスを出て考える。試験までは一週間の猶予がある。が、逆にそれが問題だ。その間の食事や宿泊先……先立つものが無い。こんなことならさっきのちんぴらからもう少しお金を借りておけば良かった。
……。
軽く頭を振る。
一週間の猶予の間にやるべきことを終わらせておこう。それは確定だ。寝泊まりは野宿で良いとして、水と食料か。
「なぁ、にいちゃん、クロウズだろ。ブマット、一つどうだい?」
クロウズのオフィスを出て、そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか薄汚い格好の少年に絡まれていた。
「通常のブマットなら2コイル、最新式の液体ブマットなら5コイルだよ」
肩から大きな箱を提げたボロ雑巾のような姿の少年がそんなことを言っている。
うーん、お金が無いって困っていたところだったんだぜ。
「クロウズのにいちゃん、最新式の液体ブマットが高いって思っただろ? 違うんだなぁ。この液体ブマットを入れている容器を返してくれたら3コイルを渡すよ。つまり固形ブマットと同じ値段になるんだぜ! 固形みたいに火を使わないから便利だよ。クロウズならブマットはひつちゅじゅひんだよ!」
薄汚い格好という言葉がよく似合うボロ雑巾にくるまったような少年が鼻水を垂らしながら早口でそんなことを言っている。
「ブマットって何だ?」
良く分からないから聞いてみる。
「クロウズのにいちゃん、ブマット知らないのかよ! どんな田舎から出てきたんだよ! にいちゃん、クルマ、持ってないだろ? 野宿するならひつちゅじゅひんだよ! ブマットがあれば野宿で良くある虫刺されとオサラバだよ!」
あー、殺虫剤か何かか。今は特に必要だとは思わない。お金が無いからな。
「いや、不要だ。それと俺はまだクロウズではない」
俺がそう言った瞬間、少年の態度が変わった。
「んだよ。クロウズのオフィスから出てきたから、そうかと思ったら、ご同業かよ。ちっ、客向けの態度をして損した。俺らの縄張りを荒らしたら殺すぞ」
ボロ雑巾のような少年が鼻水をすすりながらそんなことを言っている。最初から特に客向けの態度には見えなかったが、さらに酷くなったな。
「おい、何とか言えよ。俺はここを取り仕切っているトビオ様だぞ」
ボロ雑巾のような少年が何か言っているが、それを聞いてもため息しか出ない。
「餓鬼、俺は『まだ』と言ったろ? これから上得意の客になるかもしれないのだから、態度は考えろ」
「はぁ! お前だって餓鬼じゃねえかよ」
トビオ少年はそんなことを言っている。俺よりもかなり下にしか見えないけどな。それこそ小学校の低学年くらいにしか見えない。
『餓鬼が餓鬼に絡まれてるぅ』
セラフは何故か楽しそうだ。お前が一番餓鬼ぽいけどな。
『はぁ、何それ!』
さて、と。
セラフやトビオ少年はどうでも良いとして、受けた恩は返すために動かないとな。
何となくだが、車に揺られていたのは覚えている。
そして、俺だけが助かった。ゲンじいさんにも助けられた。
……借金は返さないとな。
『セラフ、お前は見ていたんだろう? 俺を助けた人が乗っていた車は奪われたんだな?』
『はぁ? だからそう言ったじゃん。馬鹿なの?』
このセラフは本当にやれやれな性格をしている。
『そいつら、まだその場にいると思うか?』
『はぁ? 何を馴れ馴れしく聞いてるの? 馬鹿なの?』
セラフは分からない、か。優れた人工知能みたいに言っている割りにはあまり能力は高くないようだ。
『はぁ! 分かるっつぅの! ヤツらは何かの作戦行動中みたいだから、まだそこに居るってぇの! 可能性でいえば百に近いの!』
『それで場所は?』
『ここが湖の北側だから、周り込んで南側の森でしょ。位置の把握なんて楽勝じゃん』
次の瞬間、右目に地図が映し出される。うぉ、突然、何か表示されると驚くな。
『ばーか、こんなことで驚いてやんの』
セラフの仕業か。
『一部、表示されていない場所があるようだが?』
『視界に映った場所しか反映しないっつぅの』
視界に映った? 良く分からないが、知らない場所は表示されないということか。表示されている地図を参考にすると2-Dにある湖の南側に悪者が居るってことか。
雑な地図だが、少しは頼りになりそうだ。結構、湖を周り込むことになりそうだが、頑張れば一日で辿り着けるかもしれない。
……向かってみるか。
食糧問題は、向かいながら考えよう。最悪、その悪党連中から奪えば良いか。
『その連中、車を奪ったんだよな?』
『何度も聞くな、ばーか』
となると、少し問題だな。
最悪、獣化して戦うことを考えていたが、金属に包まれた車だと……どうだろうな? 俺の爪は島の地下で戦ったロボットに対して無力だった。まだハンドガンの豆粒の方が効果的だった。これは、少し考えておく必要がある問題だ。
どうする?
「おい! 何を俺を無視して考え込んでいるんだよ!」
と、トビオ少年はまだ居たのか。
「戻ってきたら相手をしてやるよ。そのブマットとやらはクロウズに必要なものなんだろう? ダース単位で用意して待ってな」
「はぁ? お前、何言ってるんだよ!」
トビオ少年が何やら叫んでいる。
とりあえず森に向かうか。
『あー、それとセラフ。視界を遮っている地図は動くのに邪魔だから消してくれ』
『はぁ!』
セラフのちょっと怒ったような声が頭の中に響く。
本当にうるさいヤツだ。




