300 最弱の男35――『そういうことは早く言ってくれ』
『ふふん。それで、そうだとして、お前はどうするつもりなのかしら』
俺はセラフの言葉を聞き、考える。
どうする?
俺はどうするべきだ?
シンたちと戦うべきだろうか。
……。
駄目だな。シンたちと戦うことに対するメリットが見えてこない。
「お、おい、なんでお前らまでそっちにつくんだよ。俺も仲間に入れてくれよ。仲間外れにしないでくれよ」
透明な盾を構えた男が切実な声で呼びかける。シンと合流した男たちが一斉にこちらを見る。
「お、おい、なんだよ。仲間に……」
男は最後まで喋ることが出来なかった。合流した男たちがこちらへと銃口を向ける。即座に放たれる銃弾。男が慌てて透明な盾の陰で小さくなる。透明な盾が銃撃を防ぐ。だが、次々と撃ち込まれる銃弾の威力に、その透明な盾が弾かれてしまう。
「あっ」
男を守っていた盾が消える。男はあっと驚いた顔のまま動きが止まっている。
俺は小さく舌打ちし、左手で――機械の腕九頭竜で男を掴み、銃撃から逃すように、その体を力任せに放り投げる。その無理をした動きに、支点となった左肩が、機械の腕を支えきれず、外れる。
『脱臼したか』
『ふふん。接合部分がずれたようね。それよりもどうするつもりかしら?』
俺はこちらを狙う銃口の前に無防備な姿を晒している。
そのまま銃弾が迫る。
どうするかなんて考えている余裕は無い。
俺はとっさに右手で眉間、顔、心臓などの急所だけを守る。俺の体に次々と銃弾が撃ち込まれていく。耐えきれず、俺の体が吹っ飛ぶ。そのまま通路に転がっている瓦礫へと突っ込み、埃を舞い上げる。
衝撃。
痛み。
不味い。
口から血が、空気が漏れる。
致命傷だけは避けたつもりだったが――俺の意識が、一瞬、飛ぶ。
そして、次の瞬間、致命傷を受けた体を回復させるように肉が盛り上がり、黒い体毛に覆われていく。
抑えきれない。
獣の咆哮。
銃撃によってボロボロになった服が裂け、千切れ飛ぶ。俺の姿が黒い人狼へと変わっていく。
心の奥底からふつふつと怒りが、破壊への衝動が湧き上がる。
こいつらを、敵を、全て、皆殺しに、潰す。俺に対して攻撃したことの意味を思い知らせてやる。
俺は瓦礫を押しのけ、立ち上がり、シンたちの前へ人狼化した姿を晒す。
「な、んだと! ミュータントが、こんな場所に」
俺の姿を見たシンが信じられないものを見たかのように驚き固まっている。
「シンさん、あいつは、仲間なんじゃあ……」
豚鼻も困惑した様子で俺とシンの間で視線を彷徨わせている。
「構うな。殺せ!」
シンが何かを振り払うように叫び、男たちの銃口が一斉にこちらへと向けられる。
俺は叫ぶ。
狼の咆哮。
その咆哮を浴びた男たちの手が止まる。抗えない圧倒的な力を前に、恐怖に怯え、歯をカチカチと鳴らしている。
壊す。
破壊。
俺の心の奥底から溢れる衝動。
俺はその心のままに――
抗い、
逃げだした。
人狼化した脚力を使い、地面を蹴り、瓦礫を蹴り、壁を蹴り、崩れた天井から五階へと戻る。そのまま壁を走り、床のある場所まで移動する。
『あらあら』
『セラフ、何が言いたい?』
『ふふん』
『俺がこの程度の衝動に飲まれると思っているのか』
この体を狙っているセラフからすれば、俺が意識を手放すのは歓迎すべきことなのだろう。
『あら? お前がこちらに協力する限り、私はお前に協力すると言ったはずだけど? そんなことも忘れたのかしら? ホント、お馬鹿な記憶力ね』
『そうだったか? 忘れていたな』
俺は通路の壁に寄りかかり、座る。四階のシンたちが、今すぐにここに来ることはないだろう。
少し、そう少しだけ休憩をしよう。
戦闘状態から解放されたと体が認識したのか、人狼化した体が元に戻っていく。ズタボロになっていた体の傷は全て癒えている。
『相変わらず服はボロボロだな』
『ふふん。お前の二つ名通りじゃない』
セラフの言葉に俺は肩を竦め、ため息を吐く。人狼化して逃げることに成功したのは不幸中の幸いだった。人狼化中でも意識を保ち、短機関銃を手放さなかったことも良かった。悪くない。最悪では無い。
『ふふん。それで何故逃げたのかしら? お前なら皆殺しに出来たでしょ』
『出来たと思うか?』
『あらあら、出来ないのかしら?』
出来る出来ないで言えばきっと出来ただろう。だが、俺にはそれをやるメリットが無い。それに――
『シンはまだ何か隠している。ああいう奴は隠し球の一つや二つは持っているものさ』
慢心して戦って良い相手ではないだろう。
『あらあら、慎重なのね』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
『それで、セラフ、何か情報は無いのか?』
色々な情報が足りていない。この建物の情報、シンに関する情報、オフィスの方で何か進展は無かったのか。オフィスのデータベースに何か情報が残っていればそれが参考になるかもしれない。
俺の頭の中にセラフのため息が響く。
『この島に来てからジャミングが酷いわ。特にここは最悪ね。全ての衛星が遮断されて、オフィスとも連絡がつかない状況よ』
俺はセラフの言葉に顔が引きつる。つまり、ここでは、セラフは役立たずになっているということだ。
『そういうことは早く言ってくれ』
『あら? 言ったと思うけど? お前が聞いてなかっただけでしょ』
……。
俺は大きくため息を吐く。
『どうすればいい?』
『早く端末を見つけなさい。それでこのジャミングも改善されるわ』
結局、そこに繋がるか。シンたちに追いつかれる前に端末を見つけ出し、早く何とかした方が良さそうだ。




