299 最弱の男34――『まるで現代の吸血鬼だな』
豚鼻とシンが突撃銃を乱射する。俺は走り、飛び込むように瓦礫の陰へと滑り込み、射線を切る。
豚鼻の放った銃弾が、俺が隠れ、背にした瓦礫を削っていく。
「よせ、弾の無駄だ」
「でも、シンさん、もう少しで……」
シンと豚鼻が仲良く会話をしている。
シンは、何故、このタイミングで裏切った?
何か財宝を見つけて独り占めするつもりで? だとしても、このタイミングで襲いかかる必要は無いだろう。こんなレイクタウンを襲撃してきた奴が隠れている、いつ敵に襲われるか分からない敵地で裏切らなくても良いはずだ。それこそ、その財宝を船に運んだ後でゆっくりと他の連中を始末すればいい。シンにはそれが出来るはずだ。
最初から裏切っていた? ここを占拠した奴と最初から内通していたとしたらどうだ? そうだとしても、このタイミングで裏切る意味は? この施設に誘い込んだ時点でいくらでも仲間を、連中を、始末することが出来たはずだ。それにあの蚊のような機械に追われていたのが演技とは思えない。
「馬鹿が、それが狙いだ。俺たちの弾切れを狙っている」
「なんだって! そうか! あの餓鬼! それに気付くなんて、さすが、シンさん!」
瓦礫の裏で二人のやり取りを聞いた俺は肩を竦め、シンへと問いかける。
「シン! お前の目的は何だ? 何故、裏切った?」
「ガァム! お前は他の奴を片付けてからゆっくりと相手してやる」
シンは俺の問いに答えない。
『やれやれ、面倒なことだな』
『ふふん。全て片付ければ解決するでしょ』
セラフの言葉に俺は肩を竦める。確かにそれも一つの手だ。
……。
敵はシンと豚鼻の二人。こちらの頭数を減らされるのはあまりよろしくないか。少しは反撃をして、シンと豚鼻の目を連中から離す必要があるかもしれない。
俺は瓦礫の陰から転がるように飛び出す。その俺をシンの銃口が狙っていた。
他の連中を狙うと言ったのはブラフだったのか? いや、シンの反応が良いだけだな。
俺はとっさに手に持った短機関銃で迎え撃つ。シンの銃弾が俺の右足を撃ち抜く。だが、俺の銃弾も、とっさに身を守ったシンの左腕を斜めに撃ち抜いている。
俺はそのまま転がり、次の盾となりそうな瓦礫の下に潜り込む。俺の右足とシンの左腕、引き分けは悪くない。それに群体で作られた俺の体はゆっくりと再生――元に戻っていく。
「やるじゃねぇか、ガム」
シンが突撃銃を持ったまま器用に懐からカプセル剤を取り出し、パキリとパッケージを押し開け、中の薬を飲み込む。
『アレは?』
シンの左腕がシュワシュワと泡立ち、俺が撃ち込んだ銃弾を吐き出し、その傷が消えていく。
『さっきも見たでしょ。再生薬ね。ただ、あまりランクは高くなさそうね』
『どういう原理だ?』
『ふふん。さっきも言ったでしょ。もう忘れるとか、馬鹿なの? 群体が遺伝子情報を読み取って細胞に……つまり、群体が簡単な治療をしてくれるってこと。それが分かればお前には充分でしょ』
まぁ、そういうことらしい。
俺は瓦礫の陰から周囲を見回す。
豚鼻が銃弾をばらまき、他の奴らを牽制している。
どいつが良いか?
俺は探す。
透明な盾の陰に隠れ、必死に銃撃から身を守っている男。
良さそうだ。
……足は動く。
多少、痛むが動かすのに支障は無い。
俺は短機関銃で弾幕を張りながら走る。間抜けな豚鼻は俺を追いかけるように銃を乱射する。
俺は逃げ切り、透明な盾を構えた男の後ろに滑り込む。
「お、おい、餓鬼がよ。俺のところに来るなよ」
男は困ったような顔でそんなことを言っていた。
「どうしてこうなったか教えてくれ」
「どうしても何も、シンが狂って襲いかかってきたんだよ」
男も状況が良く分かっていないようだ。
「最初から教えてくれ。シンが襲いかかってきたのはいつだ? その前に何か無かったか?」
俺の言葉を聞いた男は面倒そうに頭をポリポリと掻く。その隙を狙ったかのように銃弾が叩き込まれ、男が慌てて盾を構え直す。
「シ、シンが狂ったのは、この階に上がってきてからだよ。きっと、攻略の目処が立ったから、手柄を独り占めにするつもりなんだよ。俺も殺されるんだよ」
透明な盾しかなく、攻撃手段を持っていない男は泣きそうな顔で盾に隠れ、そんなことを言っていた。
……。
「答えろ。答えてくれ。その前には何があった? シンが襲いかかってくる前だ? 何か無かったか?」
男が盾を構えたまま困った顔をする。
「前? わかんねえよ。二階で行方不明になっていた奴が見つかって、でもよ、そいつはシンに襲いかかってきて、シンはそいつをぶっ殺したんだけど、シンは負傷して……、あー、きっとあいつはシンが裏切っていたのを知っていたんだよ。だから襲いかかったんだよ」
負傷?
見る限りシンが怪我している様子は無い。
……。
ああ、再生薬か。
ん?
……攻撃を受けた?
攻撃を受けたシン。
攻撃を受けた豚鼻。
あまりにも突飛な考えだが、そう考えると……。
『まさか、感染病のように攻撃を受けると裏切るのか?』
『あらあら、面白い発想ね』
俺のその考えを肯定するように、シンや豚鼻に攻撃を受けた連中がむくりと起き上がり、シンに味方するように歩き出す。
甦った連中が寝返る。
寝返った連中も銃を乱射する。敵の数が増え、こちらはどんどん不利になる。
『そういうことなのか』
『あらあら、粗ばかりね。ふふん。それなら攻撃を受けたお前もおかしくなってるでしょ』
セラフの言葉に、俺は思い出し、自分の頬を触る。俺は豚鼻の攻撃を受けている。だが、おかしくなっていない。
それは――俺が、俺の体が群体の集まりだからではないだろうか? 群体がそのウィルスのようなものの侵入を防いだ可能性はある。
『ふふん。確かに可能性はあるかしら』
ああ、そう考えると辻褄が合う。
『まるで現代の吸血鬼だな』
2022年8月29日修正
銃撃が身を守っている男 → 銃撃から身を守っている男




