298 最弱の男33――「どういうつもりだ?」
瓦礫だらけの通路を進む。下の階層の銃撃音は未だ続いている。シンたちはかなりの強敵と戦闘しているようだ。それとも先ほどと同じように蚊のような機械の集団に襲われ苦戦しているのだろうか。
揺れる。こちらの階にまで衝撃が来るほどの戦闘が繰り広げられているようだ。
……。
音。
シンたちは、もう四階まで来ているのか。シンたちのことだから下の階から虱潰しに探索して上がってきているはずだ。殆どの階が何も無かったのか、それともどの階も構造が似ていて単純だったからあまり時間をかけずに探索が出来たのか、いや、単純にシンたちが優秀なのか?
下の階の銃撃にあわせて床が軽く揺れる。
こちらの五階の探索は殆ど終わっていない。思っていたよりも広く、罠だらけで苦戦している。
急いで探索した方が良さそうだ。
俺は瓦礫だらけの通路を進む――と、そこで大きく地面が揺れた。銃声は続いている。
ここまで戦闘の余波が……不味い。
瓦礫だらけの通路が大きく揺れる。
この震動、この衝撃。
そして、崩れた。
足元の床が消える。崩落に巻き込まれる。
それは一瞬。
『ちょっと!』
セラフの焦ったような声が俺の頭の中に響く。
俺は左腕の機械の腕九頭竜を伸ばす。九頭竜がすぐに九つの触手へと分離する。触手で周囲の瓦礫を吹き飛ばす。触手の一つを瓦礫に叩き付け、その反動で崩落の空間から抜け出す。
大きな音とともに粉塵が舞う。
俺は粉塵が舞うの中、崩壊した瓦礫の山の中に着地する。
銃声は終わらない。建物の一部が崩れるほどだったのだ。シンたちが戦っている場所も無事では無かったはずだ。それでも戦闘は続いている。
確認に行くべきだろう。
俺は周囲を見回す。瓦礫が山となって壁のように積み上がり、俺を閉じ込めている。
「だが、耐えた、か」
四階の床はなんとか崩落を受け止めている。だが、いつ、ここも崩れ落ちるか分からない。急いで離れた方が良いだろう。
俺は周囲の瓦礫を機械の腕九頭竜で持ち上げ、道を作り、進む。
『あらあら。無理をすると根元から折れるわよ』
『大丈夫だ。力加減なら分かっている』
俺は目の前の瓦礫を拳で殴りつけ、砕き、無理矢理道を作る。これだけ脆くなっているのだ。崩落した衝撃で一階まで落ちていてもおかしくなかった。もし、そうなっていたら――その時は俺も無事ではなかったはずだ。瓦礫の山に閉じ込められたが、それでも俺は運が良かったと言えるだろう。
なんとか瓦礫の山から抜け出す。
そこでは戦闘が繰り広げられていた。
銃を撃ち、銃で反撃する。
シンが戦っていた。
シンとその仲間たちが戦っていた。
「シンさん……どうして……」
シンの両手に持った突撃銃の銃弾が豚鼻の腹を撃ち抜く。豚鼻が血を流し倒れる。
そう、戦っているのは――戦っていたのは仲間同士でだった。
仲間割れか?
だが、どうして?
豚鼻たちが裏切ったのか? それともシンが裏切ったのか?
何故だ?
『ふふん。ヤバいでしょ』
『ああ、そうだな』
このままでは不味い。確実に俺もこの戦いに巻き込まれる。どちらに味方するべきか分からない状況で巻き込まれるのは……不味い。最低でもどちらに味方するか決めるべきだ。
普通に考えればシンだが……。
「シンさん、あんたを信じて、ここまで来たのによぉ!」
シンとその仲間たちではレベルが違う。連中が牽制するように放った弾幕のような銃撃をシンはひらりと躱し、容赦なく弾丸を叩き込んでいる。
「お、おい、あそこ!」
「クソ餓鬼、加勢しろ」
「シンの野郎が狂いやがった!」
俺に気付いた連中がこちらに助けを求めるように叫ぶ。シンと連中はそこまで仲が良くなったようだ。
『どう思う? 俺は連中に味方する気が失せているんだが』
『ふふん。でも向こうはお前も仲間だと思っているみたいね』
シンの銃口が俺を狙っている。放たれる銃弾。俺は転がるようにその場から離れ、銃撃を躱す。
「シン、どういうつもりだ?」
俺の言葉を聞いたシンがニヤリと笑う。
「どういうつもりだと? こういうつもりだ」
シンが両手に持った突撃銃を乱射する。
連中の一人が半透明な盾のようなものを構え、銃撃を受け止める。だが、続く銃撃に押され、じりじりと後退する。あまり耐えられないかもしれない。
俺は銃弾から逃れるように身を屈め、走る。
状況から見るに、攻撃を始めたのは――裏切ったのはシンの方からか。先ほどの受け答え、シンは何者かに操られている訳でもないようだ。では、何故?
何があった?
何故、シンが仲間を始末する気になったんだ?
俺は走り、血を流しぶっ倒れた豚鼻に駆け寄る。その上体を起こす。
「おい、どういうことだ?」
「シンさん……どうして……」
豚鼻は焦点の合っていない瞳でうわごとのように同じ言葉を繰り返している。少しでも情報を得ようかと思ったが難しいようだ。腹部の傷が酷い。銃弾が体に残り、内臓を傷つけているようだ。
『ふふん。そいつの腰にあるものを飲ませたらどうかしら?』
俺は豚鼻の腰にある弾薬ポーチを漁る。中には銃弾とパッケージに入ったカプセル剤があった。
『これか』
俺はパッケージを押し、カプセル剤を取り出し、豚鼻に飲ませる。
『ふふん。群体が簡単な治療をしてくれるでしょ』
カプセル剤を飲んだ豚鼻が咳き込み、血の塊を吐き出す。腹部の傷が内から盛り上がり、体の中に残っていた銃弾を押し出す。
豚鼻が再び、血の塊を吐き出す。
「た、助かったぜ」
豚鼻の瞳に光が戻る。一命は取り留めたようだ。どうやら、先ほどのカプセル剤は傷を治す、かなり優れた薬だったようだ。
「どういう状況だ。何故、シンがお前たちを攻撃している?」
俺の言葉を聞いた豚鼻が、一瞬、その瞳を濁らせる。
そして、腰から素早くナイフを引き抜き、俺へと突き出す。俺は身を捻る。豚鼻の突き出したナイフが俺の頬を裂く。俺の頬からじわりと血が流れ落ちる。ギリギリで回避したが、危なかった。完全に油断していた。
「どういうつもりだ?」
散々殴られた恨みを晴らそうとしているのだろうか? だが、それにしては様子がおかしい。
「ああっ!? シンさんに味方するためだろうが!」
豚鼻が俺を突き飛ばし、シンの方へと走る。先ほど死にかけていたとは思えないほど元気な様子だ。
「シンさん」
豚鼻がシンに呼びかける。シンが頷き、豚鼻に突撃銃を投げ渡す。
豚鼻とシンがこちらへと銃を向ける。
豚鼻のあれは演技だったのか? いや、そんな演技をする意味があるだろうか。
どういうことだ?
訳が分からない。




