295 最弱の男30――「それで、あんたらどういう状況で、何故、追われていた?」
シンたちが居るのは吹き抜けの向こう――こちらからは向かいに位置する場所だ。中庭のような吹き抜けはかなりの広さがある。色々なスポーツの試合が出来そうな広さだ。これを飛び越えるのは無理だろう。
『ふふん。それでどうするつもりかしら』
通路にはみっしりと蚊のような機械が埋め尽くしている。助けに行くにしてもナイフ一本ではどうすることも出来ないだろう。連中を見なかったものとして無視するのも一つの選択だ。
だが、出来るなら情報を共有したい。連中には色々と聞きたいことがある。
『助けたいんだがな』
俺は転がっている瓦礫を拾い、通路に詰まった蚊のような機械へと投げる。
命中。みっしりと詰まっているのだ。外す方が難しいだろう。
俺が投げ放った一撃だけで何体もの蚊が潰れ、動かなくなっていた。予想していた通り、一体一体は脆い。殴っただけでも倒せそうなほどの雑魚だ。だが、問題はその数だ。
『瓦礫を投げたくらいでは注意を引くことも出来ないか』
『あらあら。追いかけられたいのかしら』
シンたちは銃を撃ちながら逃げている。彼らの足元には何体もの残骸が転がっている。着実に蚊のような機械の数を減らしている。だが、数が多すぎて処理し切れていない。
「ぎゃっ」
シンたちの一人が蚊のような機械に追いつかれ、その姿が蚊の大群の中に消える。
「し、シンさん、助け……」
また一人、その数に飲み込まれる。まさに数の暴力。
シンたちを追い詰めるように反対側からも蚊のような機械たちが迫る。逃げ道はない。
どうする?
幸いなことに蚊のような機械たちは脆い。倒すのは容易だ。人狼化して薙ぎ払うか? それとも左腕の機械の腕を叩き付け、数を減らしていくか? 斬鋼拳で風穴を開けるか?
「シンさん、もう無理だぁぁ」
追い詰められた一人が手すりを越える。そのまま吹き抜けを下へと落ちていく。ぐちゃり。もう助からないだろう。
何か無いか?
俺は通路を見回す。
そして、通路の壁に赤い箱が設置されているのを見つける。
『あらあら、何を見つけたのかしら』
俺は赤い箱を開ける。中には消火ホースが入っていた。これが設置されているということは何処かに消火栓があるのかもしれない。
『あらあら。それをどうするつもりかしら? 水でも撒くの?』
『それも良さそうだ』
悪くない選択だろう。だが、こんな瓦礫だらけになった施設の消火栓から水が出るとは思えない。俺は吹き抜けを見る。ロープのように投げ渡すにしても消火ホースでは長さが足りない。
俺は手すりから身を乗り出し、下の階を確認する。下にも通路は続いている。そちらには蚊のような機械の姿は見えない。
せっかく五階まで上がったが仕方ない。
俺は消火ホースを持ち、手すりを乗り越える。そのまま下の階へと滑り降りる。吹き抜けを落ちるようなヘマはしない。
通路を走り、シンたちの真下まで移動する。
消火ホースに瓦礫を結びつけ、それを重しとする。
「シン、聞こえるか」
俺は下からシンたちへと呼びかける。
「その声、ガムか。てっきり逃げたと思っていたぜ」
上からシンの声が返ってくる。
「シンさん、あの餓鬼が!」
フゴフゴと鼻息の荒い声も聞こえる。どうやら豚鼻野郎も生きているようだ。
「今から紐を投げ渡す。手すりに結びつけて、降りてこい」
俺は上へと瓦礫を結びつけた消火ホースを投げ渡す。それを受け取ったシンたちによって消火ホースが手すりに結びつけられる。そして、それを伝って男たちが降りてくる。
銃声は続いている。
「俺が最後だ」
そして、一番最後にシンが降りてくる。
「助かったぜ」
シンが片手を上げる。俺はそれに肩を竦めて応える。
「まだだ。急いでここを離れた方がいい」
あの蚊のような機械は空を飛んでいる。どれだけの機動力があるか分からないが、この階まで追ってくる可能性もある。
「あ? シンさんが礼をしているのに無視して偉そうに指図を……ふごぉ」
何か言おうとしている豚鼻を俺は殴って黙らせる。
「分かった。行くぞ」
シンたちが動く。
「何があった?」
俺はシンの隣を歩きながら確認する。
「それはこっちが聞きたい。ここは何処だ?」
俺はシンの言葉に思わずため息を吐く。これは助けた意味が無かったかもしれない。
「ここはあんたら乗り込んだ施設の五階? いや、今は四階か、だな。外にあんたらのクルマがあったからな」
シンが片方の眉を歪ませる。
「お、おい。俺のヨロイは? 俺のヨロイはなかったのか……ふごぉ」
シンとの会話に割り込んできた豚鼻を殴って黙らせる。
「それで、あんたらどういう状況で、何故、追われていた?」
「この施設に入って、気がついたら閉じ込められていた。油断したつもりは無かったがな。やっと脱出が出来たと思ったら、さっきの状況だ。改めて助かった」
シンが肩を竦める。
俺はもう一度、ため息を吐く。これは何も知らないと同じだ。恩を売って情報を得ようと思ったが空振りだったようだ。
「そうか。だが、あんたなら、俺の助けがなくてもなんとかなっただろう?」
俺は隣のシンの動きを見る。その歩き方、体の動き――シンの身体能力ならロープがなくても下の階に降りて逃げることは出来たはずだ。
「俺は、な」
シンが振り返り、後ろをとぼとぼと歩いている連中を見る。
「そうか。グループ行動は大変だな」
俺のそんな言葉を聞いたシンはニヤリと笑い、肩を竦めていた。




