291 最弱の男26――『正しいのか?』
ファイブスターが口から泡をぶくぶくと吐き出す。何か、攻撃の予兆だろうか。
……。
しばらく待ってみても、何も起こらない。
『ふふん、瀕死だっただけでしょ』
『ああ、そのようだ』
瀕死で泡を吹いていただけだったようだ。
グラムノートでファイブスターを狙う。狙うのはぶくぶくと泡を吐き出している口で良いだろう。グラムノートから生まれた黒い球体が圧縮され、撃ち出される。
ファイブスターの口に小さな穴が開く。ファイブスターがさらに泡をぶくぶくと吐き出す。泡は白から紫色に変わっている。中の物が色々と混じった泡になったのだろう。
『死にかけているのか?』
『ええ、そのようね』
と、そのファイブスターの背中から五つの星が発射される。瀕死だが、それでもどうやら、まだまだ頑張るつもりらしい。
「後退だ」
俺はフラスコに声をかける。
「了解でさ! よーそろー」
スワンボートの屋根の上に陣取ったフラスコが眼鏡を光らせ、スワンボートを後退させる。
飛んできた五つの星は――筋肉女の船に突き刺さっていた。船が半壊し、大きく沈んでいく。
「姉御、船が!」
「撤収、撤収!」
「姐さん、船が持ちません! 撤収ってどうするんすかー! 周りは海っすよ。蟹!」
甲板では船員たちが筋肉女を取り囲んで騒いでいる。
「何言っているのさ、ここには沢山の船があるだろう。そいつをいただけばいいのさ」
「さすが姐さん!」
「天才ですぜ」
そして、そんな会話がされていた。あくまで同じ組合というだけで仲間では無いのだろう。海賊らしい考え方だ。
『あら? 厄介ね』
『どうした? 奴らがこちらの船を……いや、なるほど』
セラフの返事を聞くまでも無く状況を理解する。水中から新手のパインクラブが現れていた。新しく現れたパインクラブがファイブスターを守るように盾となる位置へ動く。
俺たちの後方でもパインクラブの追加があったようだ。海賊たちは樽爆弾を海中へと投げ込み、何匹かはパインクラブを倒しているようだが、被害も大きい。すでに何艘か沈められているようだ。この状況で追加は、そろそろ危ないかもしれない。
『持たないか』
『自爆が殆どでしょ。お馬鹿な役立たずどもね』
『確かにな。だが、パインクラブを引きつけてくれているだろう? あちらの蟹がこちらにやってくると少し不味いことになる。そこは助かっているだろう?』
『ふふん。確かにそうね』
正直、海賊たちはパインクラブの餌にしかなっていないが、それでも囮としては役に立っている。その囮が全滅する前にファイブスターを倒すしか無いだろう。
『ふふん。それで作戦は?』
『奴が動かなくなるまで撃ち込むしか無いだろう?』
『あらあら。とても素敵な作戦ね』
『だろう?』
グラムノートの一撃をファイブスターに叩き込む。奴が攻撃を仕掛けてきたら、後退し、海賊船を盾にする。奴のハサミが無くなり、背中の突起からの攻撃しか無くなったからこそ出来る作戦だ。海賊たちには悪いが、これしか方法が無い。全滅するよりはマシだろう。
「死ね、死ね、死ね、死ねぇぇ。僕たちが最強だ。ひゃーはー、船長の仇だぁぁ!」
フラスコが叫んでいる。血に酔って高揚しているのだろうか。
攻撃を繰り返す。
「ぐぉおぉ、蟹が」
「姐さんを離せ!」
見れば筋肉女がパインクラブのハサミに捕まっていた。パインクラブは筋肉女をそのまま口元へと運ぶ。
何人もの海賊が蟹の餌食になっている。
もしゃもしゃと噛み砕かれている。
攻撃を繰り返す。
戦いは続く。
グラムノートの一撃を食らわせる。一撃? もう何度攻撃しただろうか。
『ふふん。あの蟹は頭の中まで筋肉が詰まっているようね』
『何を考えているか分からない、恐ろしい奴だったな』
『ええ、そうね、でも』
『ああ、これで終わりだ』
黒い閃光に撃ち抜かれたファイブスターが動きを止める。その体には無数の小さな穴が開いていた。
ファイブスターの目から光が消えている。
終わりだ。
『後は周囲の蟹か』
『ふふん。その心配は必要ないみたいね』
ファイブスターが死んだからか、周囲の蟹たちが逃げていく。
どうやら戦いは終わったようだ。
「ひゃあ、蟹漁だぁぁ」
「獲り放題だぜー」
「あたいらの勝利だ。狩り尽くすよぉ!」
海賊たちが逃げる蟹を追いかけ始めた。いや、漁業組合だったはずだから、漁業的にこれは正しいのか。
『正しいのか?』
『さあ?』
とりあえずこれで戦いは終わりだ。
これで依頼達成だ。
「フラスコ、これで依頼達成だ。報酬を頼む」
俺の言葉を聞いたフラスコがスワンボートから箱の方へ――こちらへと無言で戻る。
「フラスコ、報酬は……」
「あー、ガムさん、ありがとうございますですね。報酬はお渡しします。します、が、そのー、その前に船長を弔いたいんですよ」
フラスコはそんなことを言っている。
「弔う?」
俺は鯨島の上で動かなくなっているファイブスターを見る。あの死骸から船長を引きずり出すつもりだろうか。
「はい。そうですね。弔いたいです」
「そうか。好きにするといい」
俺は肩を竦める。死者を弔いたいという気持ちを止めることは出来ない。
スワンボートが鯨島へと進む。俺とフラスコは鯨島に上陸し、ファイブスターの死骸の前まで歩く。
改めて思うが、巨大だ。数百メートルクラスの蟹。もし食べるとしたら、この蟹だけで一週間分くらいの食料になりそうだ。いや、その前に腐ってしまうか。
こちらを威圧するかのような巨体――ここで突然甦って襲ってこられたら、対処出来ないかもしれない。
「それでどうやって船長を弔うんだ?」
「こいつがそのまま墓標になると思うんですよ」
そう言って、フラスコが目を閉じる。黙祷しているのだろう。
と、その時だった。
ファイブスターが動く。
その口が開き、巨体が持ち上がる。
まだ生きていたのか!
俺はとっさに身構える。
そして、その口の中から汚物まみれのクマのぬいぐるみが現れた。
「ワイルドな半ズボンのボーイ、サンキューだ。助かったよ」
現れたクマのぬいぐるみは低く渋い声でそんなことを言っていた。




