029 プロローグ26
あの島で厳重に保管されていた乾電池。その理由がこれか。いや、待てよ。それは、つまり、あの島の施設は乾電池がお金として扱われるようになってから作られたものだということか?
『そんな訳ないじゃん』
セラフからすぐさま突っ込みが入る。暇なのか。
って、そうか。違うのか。となると、どういうことだ? 考えられるのは……あの施設は乾電池がお金になるまで動いていたという可能性、または今の時代になってから誰かがあの施設を利用して乾電池を保管していた? 後者が一番あり得そうだ。コイツは乾電池がお金として流通していることを知らなかったようだから。
『はぁ? 人の扱うお金に興味がなかっただけだしぃ』
はいはい、そうだろうよ。
「ちなみに単五型乾電池ならいくらになる?」
何故か単五が飛ばされたので窓口のショートさんに一応聞いておく。すると何故か窓口のショートさんにため息を吐かれた。
「いるんですよね。ちょっと数字が分かるからってそういうことを言い出す人。4と6の間が抜けているからそう思ったのでしょうけど、5ですか? 無いですから。7も8もありませんよ」
窓口のショートさんの態度があまりよろしくないのは俺がまだクロウズでは無いからだろうか。それとも市民IDがないからか? そちらの可能性の方が高そうだ。
「単五はあるぞ」
「いやいや、え? 少々お待ちください」
窓口のショートさんが備え付けられたパソコンのキーボードを何やら慌てた様子で叩いている。検索している? いや、何かと通信しているのか?
しばらくしてキーボードを叩く手を止めた窓口のショートさんがゆっくりと微笑む。
「お客様、申し訳ありません。ありました。5に関しては暫定的に五千コイルとします」
意外だ。たった五千なのか。認識されていなかったくらいだから、もっと高くなるかと思ったが……いや、単五電池もそれなりに流通していたはずだから、認識されていないことの方がおかしいのか。
窓口のショートさんは人形のような顔でニコニコと微笑んでいる。うーん。
「さらに追加で質問しても良いだろうか? 乾電池――コイルには色々なデザインがあると思うが、価値は変わらないのか?」
窓口のショートさんが頷く。
「お客様はコイルの元になった物にお詳しいようですが、お教えしておきますと基本的には同じです。ですが、世の中にはコレクターと呼ばれる旧時代の遺産を集めている方がいます。そのコレクターなら付加価値を見出してくれるかもしれません」
窓口のショートさんは人形のような顔でニコニコと微笑んでいる。なるほど。だが、それにはそのコレクターとやらの伝手が必要になる、か。
「では、試験の内容に戻ります。試験は……ああ、ちょうど終わったところですね。次回の試験は一週間――七日後になります」
そう言って窓口のショートさんは一枚のカードを取り出す。
「七日後の朝九時までにこのカードをお持ちください。試験会場までのクルマがここから出ます」
俺は窓口のショートさんからカードを受け取る。良くあるクレジットカードサイズのカードだな。プラスチックで作られているようだが……これなら簡単に複製されるのではないだろうか。ああ、そうか。試験の受付票みたいなものだから、これで充分なのか。
「試験内容は?」
「実技になります」
窓口のショートさんが俺の方を――俺が肩から提げている狙撃銃を見てにこりと笑う。
「武器はこちらで用意するので安心してください。内容はある程度の強さの機械の破壊になるでしょう」
「分かった。ありがとう。また七日後に来るよ」
「ええ、お待ちしています。それまで生き延びてくださいね」
窓口のショートさんが微笑む。
生き延びてください、か。そうだろうな。生き延びなければ話にならない。
俺は軽く手を振って、窓口を離れる。足元に転がっていたちんぴらは強く踏みつけすぎたのか気絶しているようだが、起きたら勝手に何処へなりとも消えるだろう。
「よぉ」
と、そこへ声がかかる。声の方を見るとガスマスクの男が立っていた。
「そう身構えるなよ、首輪付き」
「仲間をやった報復じゃないのか?」
ガスマスクの男が肩を竦め首を横に振る。
「これから仲間になるんだろ? お前なら試験も受かるだろうよ。つまり、ご同業だ。クロウズは腕の立つヤツを大歓迎さ」
「それで声をかけてきた理由は?」
「理由はねえよ。面白いヤツが来たと思ったから声をかけただけさ」
「そうか。試験に受かって就職したらよろしく」
ガスマスクの男に笑いかけておく。
「ああ。そうだ。そこの壁に賞金首のポスターが貼ってある。興味があるなら見ておくと良いぜ」
賞金首、か。
これからクロウズとやらに就職して働くことになったら狩ることになる相手だよな。今の段階では関係ないのかもしれないが、一応見ておくか。
オフィスの壁まで歩き、賞金首のポスターを見る。
一部のポスターには上から×が書かれているものがあった。すでに狩られた賞金首なのだろう。金額は安いものでも五千からで高いものでは五百万というものもあった。
「五百万コイルが気になるのかよ。そいつは最近張り出されたヤツでよ、アクシードとやらの幹部連中だぜ。最前線だ。ルーキーにはまだ早いぜ」
若い男の一人が話しかけて来た。
「おいおい、お前でもまだ早いだろうが」
だが、そこにすぐに野次が飛んでくる。
「う、うるせぇ。これでも三回は賞金を貰ってるんだからな!」
「おー、すげぇ」
周囲の武装した連中が大きな声で笑っている。いきなりちんぴらに絡まれてどうかと思ったが、それなりに空気は良いようだ。
だが、少し気になる。この若いクロウズは三回は賞金を貰ったと言った。ここは三回賞金を貰った程度のお金で暮らせるようなものなのか? 多分、違うだろう。となるとクロウズには賞金稼ぎ以外の仕事もありそうだ。ま、そこはクロウズに就職したら分かることか。
それで、だ。
『セラフ、ちらちらと何か言いたそうだったが、何だ? 言いたくなければ別に構わないが俺は無理には聞かないぞ』
『はぁ! 何さ。調子に乗ってさ』
『はいはい。そのコードとやらを言えばどうなるって? すげぇ知りたいからさ』
『ふん。特別に教えてあげる。あれの機能が止まる』
『機能が止まる?』
『そう。だって、あれ人造人間だから』
アンドロイド?
あれ……?
俺は思わず窓口に並んでいる女性の方へ振り返る。機械……なのか? 確かに三人共が人形のように整った容姿をしているが、しかし……。
『そう。上手く偽装しているようだけど、私には通じないから。あれは人造人間ね。最近作られたモデルじゃない?』
アンドロイドが窓口をやっているのかよ。しかも、分からないくらい、普通に受け答えをしていたぞ。
こういうところは近未来だな。




