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かみ続けて味のしないガム  作者: 無為無策の雪ノ葉
湖に沈んだガム

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289 最弱の男24――『クマだな』

 海賊たちが――いや、船員か。まぁ、海賊でも間違っていないだろう。彼らが投げ落とした樽が蟹へ吸い寄せられるように動き、そして爆発した。


 次々と爆発が起こる。


 蟹の硬い甲殻が砕け、その破片が飛び散る。


『どうやら、連中も倒すための準備はしっかりとしてきたようだな』

『ふふん。そうね。馬鹿は馬鹿でも、そこまでお馬鹿じゃなかったのかも』


 と、そこで連中から大きな悲鳴が上がった。船の一つが沈もうとしていた。どうやら樽の爆発に巻き込まれたようだ。

「ひゃー。死ぬ、死ぬ」

「誘爆するなんて聞いてねよ!」

「助けてくれー。俺は泳げないんだ!」

 爆発に巻き込まれて沈没した船の船員たちが大声で叫んでいる。それが悪かったようだ。大きな声が蟹を呼び寄せる。新たに現れた蟹が、海へと投げ出された船員たちをハサミで掴み、口へと運ぶ。


 もしゃもしゃ。


 蟹がゴリゴリとそれ(・・)を噛み潰しながら、それ(・・)を咀嚼している。あまり直視したくないような光景だ。


「助けるために殺せ、殺せ、殺せぇぇ!」

「海に落ちた奴から藻屑だぁ」

 樽が次々と投げ込まれ、爆発が起きている。

「ひー、死んだ」

「俺も死ぬぅぅ」

 どうやら海に落ちた船員ごと吹き飛ばしているようだ。


『訂正するわ。アレはただの馬鹿ね』

 俺はセラフの言葉にため息を吐く。

『助けに行きたいが、こちらはこちらでやることがある』

 俺は前方の島へと視線を戻す。


 二つのこぶを持った、見ようによって鯨のように見える小さな島だ。端から端までは一キロも無いだろう。その島のこぶの上には何故か鳥居が建っていた。


「ガムさん、来ます。きますぜぇ、きたぜぇ!」

 スワンボートの屋根の上で銛を構えていたフラスコが叫ぶ。その声に反応したかのように箱が開いていく。


『どうやら俺たちの出番のようだな』

『ふふん、そのようね』


 島近くの海中から長い足が伸びる。一つの節が十メートル以上はありそうだ。その足が島に絡みつき、巨体を持ち上げる。一本のハサミが鳥居を掴む。


 海を割り、現れた巨大な蟹が島の上に陣取る。


 大きい。


 いや、大きいという言葉では生ぬるいだろう。巨大すぎる。パインクラブでも大きいと思ったが、それとは桁が違う。数百メートルクラスの化け物だ。


 こいつがファイブスターかッ!


 その大きさに圧倒される。それだけで何をしても無駄だと、逃げ出したくなるような大きさだ。


 だが。


『セラフ!』

『ふふん。分かっているから』


 現れた巨大な蟹(ファイブスター)は意思を感じさせない濁った目をキョロキョロと動かしている。


 グラムノートの砲身と砲身の付け根に圧縮された黒い球体が生まれる。相手の行動を待つ必要は無い。攻撃出来る時に攻撃する。それだけだ。


 巨大な蟹(ファイブスター)がこちらに気付き、海面へと上げていたハサミを身を守るように動かす。何故かもう一つのハサミは海面に浸けたままだ。


 生まれた粒が黒い閃光を描き、守っていたファイブスターのハサミごと貫く。ファイブスターのハサミには小さな穴が開き、その穴の向こう側――ファイブスターの顔にも小さな穴を開けていた。


 一撃。


 これで終わりだ。


 終わった。


「ガムさんよぉぉ! まだだぜ! 次を、次をよぉ! 早く次を撃ってくれ!」

 完全に終わった気になっていた俺はフラスコの叫び声を聞き、ハッと気付く。


 ファイブスターが動いている。ゆっくりと、先ほど貫いたはずのハサミを持ち上げている。


 死んでいない!


『サイズが大きすぎて効かなかったのか?』

 ファイブスターの大きさからすればグラムノートの一撃は、針で刺した小さな穴――豆粒のようなものだ。

『まさか。小さいように見えてあの甲殻の中を焼ききっているんだから、効かなかった訳がないでしょ。頭を貫いたんだから、脳だってぐちゃぐちゃに焼き切れているはずね』

 俺はセラフの言葉に肩を竦める。

『そんな奴が動いている理由は?』

『脳がぐちゃぐちゃになろうがお構いなしの化け物だってだけよ』

 俺はため息を吐く。


 ファイブスターが持ち上げたハサミを下ろす。鋭いとも、素早いとも言えない、力任せの一撃。


 スワンボートが急旋回し、ファイブスターの叩き付けを回避する。だが、その一撃は海面を揺らす。スワンボートがその波にさらわれる。


「不味い、不味いぜぇぇ!」

 くるくると回り、揺れるスワンボートの上でフラスコが叫んでいる。


 確かに不味い。この状況では次の一撃を回避することも、この場から逃げることも出来ない。


 ファイブスターが甲殻をこちらへと向ける。そこには五つの星のような突起があった。その突起が盛り上がり、そこから星形の棘が噴射される。


 こちらへと迫る五つの星。


「ひぃぃぃぃ、死ぬぜ、これは死ぬぜぇ」

 フラスコが銛を放ち、飛んできた星の一つを撃ち落とす。


 だが、残り四つ。


『セラフ、グラムノートは?』

『ふふん。再充填中ね。そんなポンポン撃てる訳がないでしょ』

『それで?』

『グラスホッパー号のシールドを広げれば一撃くらいなら防げるでしょ。でも、分かっているでしょ、パンドラは大きく削られるわ』

 俺は大きくため息を吐く。


『シールドで防ぐのは無しだ』

『あら? どうするつもり?』

『こうするんだよ』


 俺は飛び上がり、グラスホッパー号のボンネットの上に立つ。そして、自身の足に力を入れる。


 獣の力を。


 袴のようなズボンが弾け、黒い体毛が現れる。


 俺は足だけを人狼化させる。


 そして、その力で飛び上がる。


 空中で、俺は、右腕を左手で支えながら、飛んでくる星へと構える。


「斬鋼拳」

 俺の右腕が消える。飛んできた四つの星が空中で真っ二つになる。だが、その衝撃に俺の体が吹き飛ぶ。


『セラフ!』

『はいはい』

 左腕が無数の触手へと別れ、箱の縁を掴む。俺の体がこれ以上吹き飛ばされないように、海へと落ちないように、耐える。


 機械の腕(マシンアーム)が俺の体を引き寄せ、そのまま箱の中へと戻す。

『次弾を放つくらいの時間は稼げただろう?』

『ええ、そうね!』


 グラムノートが動く。

『狙うならあのハサミだ』

『ふふん。私も同意見』

 まずは攻撃力を奪う。飛ばしてくる星形の棘は厄介だが、ハサミの叩き付けが無ければ回付することは容易だったはずだ。頭を狙っても倒せないなら、奴が何も出来なくなるまで、奴の攻撃手段を奪うだけだ。


「ガムさん、あの、足が太く、毛むくじゃらになったように見えたんですが……」

 フラスコがこちらを見てそんなことを言っている。

「目の錯覚だろう。少し黙っていろ」


 グラムノートの砲身と砲身の間に生まれた黒い粒が放たれる。それは海面へとだしていたハサミの付け根を貫き、そのまま吹き飛ばす。


 巨大なハサミが宙を舞い、海に落ちる。


 まずは一つ。


 ファイブスターがもぞりと動く。ハサミの一つを失ったことで海面に浸けていたもう一つのハサミを持ち上げる。


「ん?」

 そのハサミには何かが挟まっていた。


『あら?』

 セラフが戸惑ったような声を上げている。


「せ、船長おぉぉぉ!」

 フラスコが叫んでいる。


「ん?」

 俺は首を傾げる。


 ファイブスターのハサミに挟まっているそれは、押し潰されないように両手でハサミを持ち上げ、耐えていた。


 んん?


 生きている。


 海中に浸かっていたはずなのに生きている。耐えている。


 んんん?


 それは海水を吸って(しぼ)んだクマのぬいぐるみだった。クマのぬいぐるみが両手を持ち上げ、挟み潰されないように、必死に耐えている。


『なぁ、まさか、あれが熊のような船長なのか?』

『ええ、そう、みたい、ね』

 さすがのセラフも何処か困惑した様子だ。


 熊のような船長はクマのぬいぐるみの船長だった。


 何を言っているか分からないが、俺も良く分からない。


 つまり、だ。


『クマだな』

『ええ、クマね』

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― 新着の感想 ―
[良い点] わけわからんすぎてニヤニヤしてしまったっすわー!
[良い点] そんな鋏で挟まれクマー!? [一言] 熊みたいな男、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと可愛いものの片鱗を味わったぜー。 海賊連中は……カニにエサをやりにきたのかな? 怠け者の馬鹿…
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