287 最弱の男22――『これが漁業か?』
海をスワンボートと箱が進む。
箱の窓から見える海は穏やかなものだ。
『思っていたよりも速いな』
スワンボートが俺たちの乗っている箱を引っ張るという形だが、そんな移動方法がクルマと同じくらいの速度を出している。もしかすると、あのスワンボートにはパンドラが搭載されているのかもしれない。
『確実にそうでしょ』
『となると、スワンボートの形をしているのは偽装か』
そう考えるとあの姿も納得が出来る。あれならパンドラを狙うような連中から目を付けられないようにすることが出来るだろう。そして、ビーストやマシーンは無理だとしても、人やバンディットたちからなら油断を誘うことも出来るだろう。
『はいはい。そうかもね』
セラフはあまり興味が無いようだ。
「ん?」
海の上を魚が飛び跳ねている。何匹もの魚の群れがばしゃばしゃと飛び跳ねながら箱へと近づいてくる。そしてそのまま箱と並走する。なかなか見応えのある面白い光景だ。
「フラスコ、この魚は……」
俺はこの魚のことを聞こうとフラスコに話しかける。だが、そこにフラスコの姿は無かった。一瞬にして姿が消えている。
何処だ?
そして、その姿を見つける。
スワンボートの屋根の上だ。そこに取り付けられた銛の発射装置を動かしている。
「ひゃはー! クズどもは爆散だあぁぁ! 雑魚どもは死ね!」
そして、フラスコは箱の中にまで聞こえるほどの声で叫びながら飛び跳ねる魚たちへとチェーン付きの銛を撃ち放っていた。
『豹変したというか、まるでバンディットみたいだな』
『海賊だから似たようなものでしょ』
『確かにな』
銛の一撃で飛び跳ねる魚が砕け散る。
フラスコはすぐにチェーンを巻き取り、銛を回収する。
「死ね、死ね、死ねぇぇぇぇ、ひゃひゃひゃひゃー!」
フラスコが狂ったように笑いながら再び銛を放つ。
飛び散る魚。砕け散った魚の破片が箱の窓にべちゃりと張り付く。
『これが漁業か?』
『さあ? そうなんじゃないかしら』
しばらくすると魚たちは逃げるように箱から離れていった。
どうやら戦闘は終わったようだ。箱の一部が扉のように開き、そこから滑り込むようにフラスコがやって来る。どうやら、そうやってスワンボートから移動しているようだ。
「それで、今のは?」
「雑魚です。雑魚ですね。無視しても良かったんですが、久しぶりの海で気分高揚してアゲアゲだったんですよ。やっちゃいますよね」
フラスコは満足したように笑顔を浮かべている。俺はとりあえず肩を竦める。
「そうか、良かったな。賞金額が上がったことで漁業組合の連中だけでは無く、それを狙うクロウズたちもやって来るだろう。急いだ方がいい」
フラスコからすれば、誰が倒しても構わないのかもしれないが、俺は出来るなら賞金が欲しい。船を手に入れるための寄り道だが、貰えるものは貰っておくべきだろう。
『ふふん。何処かの誰かが水門を開けたから、そちらからわんさかとやって来るでしょうね』
『そうだな』
あの片眼鏡の男――シンとやらもオーキベースを攻める前のお小遣い稼ぎにやって来るかもしれない。
「そうですね。あのタマ無したちが盾になる分は良いですが、船長の仇を自分で討てないとがっかりですよね。分かりました、急ぎますよ」
フラスコが眼鏡をクイッと持ち上げ、わざとらしいため息を吐いている。こいつが教授と似ているかもしれないと思ったが、違うな――こいつはもっとたちが悪い。
「それで何処に向かっている?」
「鯨島です」
「鯨島? それは?」
「ここから西にある島ですね」
どうやら、そこに賞金首のファイブスターが棲息しているようだ。
「それでファイブスターとやらは、どんな……」
俺の言葉の途中でフラスコが慌てたようにスワンボートへと動く。
「不味いです。不味いぜぇぇぇ!」
フラスコはスワンボートの屋根の上で銛を構えている。
そして、箱がぱっかりと開く。
「ガムさんよぉぉぉ! あんたの力が要るぜぇぇぇ!」
フラスコが叫んでいる。
そして、海中からそれが現れる。巨大なハサミ。そのハサミとともに水の柱がほとばしる。スワンボートがあり得ない動きで旋回し、箱を振り回しながら水の柱を回避する。俺は慌ててグラスホッパー号へと乗り込む。箱が開いた状態では、下手すると海に投げ出される。
巨大なハサミに持ち上げられるように本体が、背中の尖った蟹が現れる。その大きさは4、5メートルくらいはあるだろう。
「フラスコ、こいつがファイブスターか?」
「違うぜ! こいつはパインクラブ。ただの蟹だぜぇ。だがぁぁぁ! 今の船の装備じゃあ、厄介過ぎる相手だあぁぁ!」
フラスコが現れた巨大な蟹を目掛けて銛を発射する。だが、その一撃は甲殻にあっさりと跳ね返されていた。随分と硬い奴らしい。
蟹の尖った甲羅がさらに尖る。膨れ上がっていく。その形はまるで松の木のようだった。
『なるほど、だからパインクラブか』
『みたいね』
松の木のように膨れ上がった甲殻から棘が発射される。
「ひーはー! 撃ち落としてやる、やるぜぇぇ!」
フラスコが銛を発射し、その飛んできた棘を撃ち落とす。なかなかの腕前だ。
『セラフ、それでどうする?』
『ふふん。決まってるでしょ』
グラスホッパー号に搭載したグラムノートが動く。砲身と砲身の付け根の辺りにバスケットボールほどの大きさの黒い球体が生まれる。そして、その球体が一瞬にして圧縮され黒い粒へと変わる。
「フラスコ、この箱を開けたのは良い判断だ」
俺はこいつにグラムノートの威力を見せている。だから、箱を開けたのだろう。
グラムノートから黒い閃光が発射される。黒い粒があっさりとパインクラブを貫く。パインクラブが泡を吹き、そのままぶくぶくと海の中へと沈んでいく。
グラムノートの一撃を防ぐほどの硬さは無かったようだ。
「ガムさんよぉ、さすがだぜぇぇぇ!」
銛を握っていたフラスコが叫ぶ。そのままこちらへと戻って来る。箱もゆっくりと閉じていく。
「それでファイブスターはどんなヤツなんだ?」
「あ、そうですね。それ、知らなかったんですね。ファイブスターは蟹ですよ。さっきのパインクラブの異常個体ですよ。大型種ですよ」
元の口調に――いや、どちらが元かは分からないが、先ほどまでの口調に戻ったフラスコがしれっとした顔でそんなことを言っている。
そうか、蟹退治か。
多分、ヘリと戦うよりはマシだろう。




