282 最弱の男17――『頭が痛くなりそうだ』
グラムノートから放たれた黒い閃光が最後のヘリを撃ち抜く。
これで終わりだ。
『楽勝だったな』
『あらあら。途中、攻撃をもろに食らってパンドラを大きく減らしていたのは誰かしら』
『そのタイミングが攻撃に向いていたからだ。お前なら当ててくれると思っていたしな』
『ふふん。当然でしょ』
シールドに攻撃を受け、大きくパンドラを削られることはあったが、それだけだ。ヘリにグラスホッパー号のシールドを貫通するほどの武装は無かった。概ね、余裕の勝利だったと言えるだろう。
今回の戦い、一番大きかったのは攻撃が届いたということだ。空を飛ぶ相手に攻撃が届けば、その空を飛ぶというメリットの殆どを潰すことが出来るだろう。グラスホッパー号に搭載していた機銃では攻撃が届かず大きな苦戦をしていたかもしれない。
……。
なんだかんだでグラムノートを手に入れたのは大きかったようだ。そこはセラフに感謝するべきだろう。ただ、本人にそれを言えばこいつは調子に乗るだけだ。俺があえてそれを言うことは無い。
俺は改めてパンドラの拡張を終え、新兵器を搭載したグラスホッパー号を見る。
パンドラは夢のようなエネルギーだが、それに頼り切りになってしまうクルマという代物は危うい。
動くためにはパンドラが必要で、攻撃にもパンドラを使い、相手の攻撃から身を守るのにもパンドラを使う。パンドラが無くなれば何も出来なくなるのに、全てにパンドラが必要だ。いくら日中なら少しずつパンドラが回復するといっても、これはかなりバランスが悪い。これがもしテレビゲームだったならリソース管理に終始したクソゲーだとしか言えないだろう。
そうクソゲーだ。
……。
俺は首を横に振る。
危うかろうがなんだろうが、パンドラは――クルマは戦うためには必要なものだ。必要な力だ。そもそもこの世の中、なんにでもリスクはある。クルマはそれがパンドラに集中しているだけだ。
今更だな。
「終わったぞ」
俺は助手席で頭を抱え小さくなっているフラスコに声をかける。そのフラスコがぴょこんと起き上がる。
「凄い!」
「ん?」
「最初は傲慢なクソ生意気な餓鬼だと思ったんですよ。ですが、シュガーが言うだけのことはあったんですね。いやぁ、良かったですよ。これなら船長の仇が取れますね」
フラスコが眼鏡を持ち上げ、一気にそんなことを捲し立てる。
『クソ生意気な餓鬼、ね』
『あらあら。気にしているの?』
俺は肩を竦める。
「俺からするとあんたの方が人にものを頼む態度じゃなかったと言いたいんだがな」
「見くびっていました! 口だけかと侮っていました! いやぁ、見直しました! その年でその実力、傲るのも当然ですよね」
眼鏡のフラスコは上機嫌な様子でそんなことを言っている。
「喧嘩を売っているのか?」
「いやいや、褒めているんですよ。凄いですよ」
こういうのも露骨な手のひら返しと言っていいのだろうか。
『頭が痛くなりそうだ』
『あらあら。私がお前の頭の痛みを忘れさせてくれる脳内物質でも分泌させましょうか? ふふん』
新しい武器の試し撃ちが出来たからかセラフは上機嫌だ。
「それで? 何処に向かえばいい? 港は何処だ?」
俺は大きくため息を吐きながら確認する。
「そうです。そうですね。案内しますよ」
俺はもう一度ため息を吐き、グラスホッパー号を動かす。
フラスコが案内したそこは、砂しか無い場所だった。
砂浜と言うべきなのか、砂漠の終わりと言った方が良いのか、そんな場所だった。
「ここに?」
眼鏡のフラスコが頷き、グラスホッパー号から降りる。そして、うろうろと何かを探すように歩き、しゃがみ込んだ。そのままその場の砂を手で掘り返している。
「あったあった。これですよ」
それは真っ赤なスイッチだった。フラスコが、埋もれていたそのスイッチを押し込む。
すると大きな震動とともに地面が揺れ、砂を掻き分け何かが現れた。
それはトンネルだった。
「これは?」
「漁業組合の本拠地に通じている道ですよ。組合員以外では金属探知機でも無ければ見つけられない、秘密の通路ですよ。どうです、凄いでしょ」
フラスコが喋りながらグラスホッパー号の助手席に戻る。
「何故、ここまでして隠しているんだ?」
フラスコは組合を乗っ取ろうとする馬鹿どもから身を隠すためと言っていた。だが、ここまで厳重に隠す必要があるのだろうか?
「ふ、船が貴重だからですよ。そ、それだけですね」
俺はグラスホッパー号のライトを点灯させ、トンネルの中に入る。
「そうか。本当にそれだけなのか?」
「ま、まぁ、漁業組合のテリトリーを荒らす余所の船や通りがかった船なんかを沈めては少しばかりお宝を分けてもらっていたので、す、少し恨まれているところがあったような無かったような、いや、それが原因じゃないですよ。旧時代からある遺跡で便利だから活用しているだけですよ。確か、竜の神が住む祠だとか船長は言ってましたですよ、はい」
フラスコが眼鏡をクイッと持ち上げ、そんなことを言っている。
『漁業組合と言っているが海賊みたいだな』
『ふふん。そうなんでしょ』
俺はセラフの言葉に思わずむせて咳き込みそうになる。大丈夫だろうか。これは大丈夫な依頼なのだろうか。
……。
多分、大丈夫だろう。このフラスコが普通に表通りを歩き、オフィスに依頼をしてくるくらいだ。そこまで問題では無いのだろう。




