028 プロローグ25
ガラスで作られた自動ドアを抜け、とりあえず建物の中に入る。中も……真新しい。掃除が行き届いているのか綺麗にしているようだ。何か、この建物だけが浮いているような、そんな違和感を覚える。
『それでコードわぁ……』
頭の中に響くセラフの声は勿体ぶって続きを言わない。思わせぶりなことばかり言って、勿体ぶって、本当にろくなものじゃあない。
オフィスという名前が示すようなビルの玄関にはもろに観葉植物という感じに緑の植木鉢が並んでいる。
その奥に大きなカウンターがあり、そこには受付担当と思われる女性が三人ほど並んでいた。三人とも人形のように整った容姿をしている女性だ。活発そうなショートカットの女性、おしとやかそうな長髪の女性、地味そうな眼鏡の女性の三人だ。三人ともが黒を基調とし機能美を重視したかのようなデザインの制服を着ている。
周囲を見回す。武装した集団の姿が見える。意外と人は多いようだ。大体の人物がゴツい重火器を持ち、ゴーグルとマント、またはコートを身につけている。スピードマスターは……確か、砂漠があると言っていた。ゴーグルやマントを身につけているのは砂嵐対策だろうか。
『特殊なコードだから、ふふふん、普通は知らないと思って油断してるしぃ』
さて、と。
とりあえず窓口の女性に話しかけて、クロウズとやらに就職するか。就職するにあたって面接とか試験があるのだろうか。事前の情報が何も無いから、少し不安だ。その辺りのことをスピードマスターに聞けば良かっただろうか? 外で待ってくれているだろうから、戻って聞いてみても……って!
振り返ってガラス扉の方を見るとスピードマスターの姿はなかった。ここまで案内した時点で仕事は終わったと思って帰ったのか? 何にせよ行動が早い、早すぎる。
はぁ、仕方ない。
窓口に向かうか。とりあえず話しかけやすそうなショートのお姉さんの窓口に向かうことにする。他の二人は何というか圧が凄いから仕方ない。おしとやかな感じの女性は油断すると丸め込まれそうな圧を感じるし、眼鏡の女性は胸部に持っているものの圧が凄いというか、一番人が並んでいるし、消去法でそうなる。これは仕方ない。
さて、って、ん?
ショートの女性の元へ向かおうとする俺の前に一人の男が立ち塞がった。
「おいおい、ここはクロウズのオフィスだぜ。餓鬼が来るような場所じゃねえ」
それはいかにも三下という輩だった。なるほど。
「あー、そのクロウズに就職に来た。退いて貰えないか?」
俺は『なるべく相手にも分かるように蔑むような表情で』丁寧な言葉で言った。おいおい、セラフが妙な解説を入れてくれてるようだ。そこまで酷い顔はしていないつもりだが。
「あ? お前みたいな餓鬼が? ひひひーっひ、おもしれぇことを言う」
本当に情けないくらいに小物だ。自分で言っていて悲しくならないのだろうか。この三下にも将来を夢みるような子ども時代があっただろうに、何処どう踏み外して小物道に落ちてしまったのだろう。哀れだ。
「あー、そういう訳でクロウズになりたいのだが、どうすればなれる?」
俺はちんぴらを無視して窓口のショートさんに話しかける。
「あ、はい。試験を受けるために千コイルが必要になります。その試験に合格すればあなたもクロウズの一員です」
千コイル、か。要はお金か。
……。
今、無一文だぞ。スピードマスターに逃げられたのは失敗だったか。
「おい、餓鬼。手持ちのコイルを全て差し出すなら俺がクロウズの先輩として試験に合格できるよう鍛えてやるぜ」
先ほどのちんぴらがニヤニヤと笑いながら肩に腕を回してくる。
「なぁ、こことしては、こういう輩はありなのか?」
目の前の窓口の女性に聞いてみる。
「一応、クロウズ間の私闘は禁止されています。決闘ならありです。ですが、それ以前にあなたはクロウズではありません。調べたところ市民IDもお持ちではないようですので床とかを汚されると少し困るなという程度です」
窓口のショートさんはにこやかな顔のままそんなことを言っている。
なるほどなー。
『ふふん、私ならそれくらい偽装できるけどぉ?』
さて、どうしたものか。まぁ、とりあえずお金が無いならある人から借りるか。
俺は肩に腕を回していたちんぴらの顎を肘で打ち上げる。
「げふっ!」
情けない声を出しているちんぴらの腕を外し、そのまま地面に叩きつけ、思いっきり踏みつける。
「なぁ、すまないけど千コイルほど貸してくれないか? 後で必ず返すからさ」
「お、おい、それ、絶対に、返ってこないヤツじゃねえか……」
俺は何か言っているちんぴらをさらに踏みつける。
「俺みたいなか弱い子どもが頼んでいるんだ、頼むよ」
俺は周囲を見回しながら、さらに頼み込む。他の連中は……成り行きを楽しそうに見守っているという感じか。一斉に襲われる可能性も考えていたが、どうやら、このちんぴらはあまり人望がないようだ。
「ぐぇ、こ、これで」
ちんぴらがポケットに手を入れ、それを取り出す。不意を突くように何か武器でも取り出すかと思ったが、ちんぴらが取り出したのは乾電池だった。単二の乾電池だ。
……。
意味が分からない。まだ武器でも取り出した方が理解出来る。
「何のつもりだ?」
「足りねぇって言うつもりか!」
ちんぴらが叫んでいる。
ん?
んん?
ちんぴらを踏みつけながら、コイツが取り出した単二電池を拾い、窓口に置く。
「はい、確かに千コイル受け取りました」
んんん?
「でも、ちゃんとこの千コイルは返してあげてくださいね。人類の生存がかかってる状況なのにクロウズ間で争うのは不毛ですから」
「あ、はい」
とりあえず足元のちんぴらはさらに強く踏んでおく。
単二電池が千コイル?
「それでは試験の内容ですが……」
「その前にちょっと聞いても良いですか?」
「試験は実技試験ですから聞いても無駄ですよ」
いやいや、そのことじゃなくて。
「さっきの単二電池が千コイルなんですか? ちなみに一コイルは?」
「コイルを見たことがないような田舎から出てきた方ですか?」
窓口のショートさんがこちらをいぶかしむような目で見ている。俺はゆっくりと頷く。
「まだそんな人が生き残っていたなんて……仕方ないですね。1コイルはこういう小さな丸い形をしています。様々な大きさ厚さがありますが、全て1コイルという扱いです」
窓口のショートさんが見せてくれたのは……ボタン電池だった。
ボタン電池だと……?
「他も説明しますね。4という数字が書いてあるのが10コイルですね。3なら100コイルです。さっきのような2が千コイル。1だと一万コイルですよ。少し特殊ですが6と書かれたものが十万コイル、9Vだと、なんとなんと百万コイルです」
乾電池がお金になっているのか!
って、ん?
そういえば、何処かで大量の乾電池を見たような覚えが……。
あ……!
2022年10月9日修正
子どもが頼んでいるだ、頼むよ → 子どもが頼んでいるんだ、頼むよ




