280 最弱の男15――『どうした? いや、なるほど』
セラフには皮肉が通じなかったようだ。
『それでどうするつもりだ?』
『ふふん。もちろん試し撃ちをするべきでしょ。それ以上に優先することなんて無いと思うけど?』
俺は機銃が外されたグラスホッパー号の荷台を見ながら大きくため息を吐く。
『さすがにそこは依頼を優先するべきだろう』
『ふふん』
こいつは新しい武器に浮かれて依頼のことを忘れていたのかもしれない。得意気に笑ってそれを誤魔化している。
何も無くなった荷台にグラムノートが設置され、固定される。そのグラムノートに色々なケーブルが接続されていく。どうやら、そろそろ機銃からグラムノートへの換装が終わるようだ。
このグラムノート、砲身が長いからか座席の上まで伸びているのが非常に邪魔くさい。
『これは大丈夫なのか?』
頭の上を圧縮したエネルギーとやらが通り抜けるのだろう? その余波で頭が消し飛びそうだ。それこそ飛び跳ねるような激しい運転をするだけで砲身に触れてしまいそうな怖さがある。何か安全装置のようなものは付いているのだろうか?
『ふふん。気を付ければ大丈夫でしょ』
どうやら大丈夫ではないようだ。
『このグラムノートがとても強力な武器だというのはお前の態度でなんとなく分かった。それで、この武器の回転率はどの程度なんだ?』
どの程度の頻度で攻撃が出来るのか? 装填速度、連射性能などなど重視しなければ駄目なことは多い。
『回転率? 攻撃効率のこと? あらあら、何を言っているのかしら。強力な一撃を叩き込めば次の弾なんて必要ないでしょ』
どうやら連射は出来ない代物のようだ。
『それで? 複数の敵を相手にした時はどうするつもりだ?』
『あらあら、このグラスホッパー号がどういうクルマか忘れたのかしら。小回りのきく、その運動性能を生かせばいいだけでしょ』
確かにな。
戦車タイプのドラゴンベインよりもS・U・Vタイプのグラスホッパー号の方が小回りがきくだろう。動き回り、逃げ回りながら戦うのに向いているだろう。
だが、そのためには、それだけの動きが出来る場所が――広さが必要になる。
『俺たちが何処に向かっているのか、何に乗る予定なのか覚えているのか?』
そう、船だ。船は、海上は、自由に動き回れるような場所なのか? 多分、違うだろう。
『ふ、ふふん。些細なことよ』
俺はため息を吐きそうになる。こいつ、ただ、グラムノートを試したいだけで何も考えていなかったのでは無いだろうか。
『船の上で求められているのは固定砲台としての役割だろうから、そういう意味では強力な武器が手に入ったのは良かった。そこだけは、な』
『ふふん。感謝しなさい』
セラフは何やら調子の良いことを言っている。
『それで外した機銃はどうするつもりだ?』
『そんなのオフィスに預けておけばいいでしょ。そんなことも分からないの?』
俺は肩を竦める。
「どうやら換装が終わったようだ。確かに受け取った。あいつに良く礼を言っておいてくれ」
「俺は次の仕事に向かうから、礼はあんた自身がお嬢に言ってくれ」
顔に鋭い傷のある禿げ頭が歯を見せ、笑っている。
「そうか。それならそうさせてもらうよ。マコモ、いい仕事だった」
俺は禿げ頭に拳を突き出す。
「そりゃあ良かった!」
禿げ頭のマコモも拳を突き出す。そのまま手を振り、トラックを走らせていく。
「終わったんですよね? 早く行きましょう。案内しますから、早くですよ。はーやがごっつぉってよく言うでしょう」
作業が終わるのを神経質そうに指をくわえて見ていたフラスコが、マコモが去るのを待ってそんな意味の分からないことを言い始めた。
「良く分からないが、急げってことか?」
「その通りですよ。こっちです」
眼鏡のフラスコが北方向を指差す。
「あまり元気に動かない方がいいぞ。新しい武器は周囲にエネルギーが漏れるかもしれない代物だからな。ちょうど砲身の下のあんたは危ないかもしれない」
「ひっ」
眼鏡のフラスコが頭を抱え小さくなる。そんなフラスコを見ながらグラスホッパー号を発進させる。
「それで北だな? ウォーミの北には何も無かったと思うが、それで本当にあっているのか?」
フラスコが頭を抱えたままチラリとこちらを見る。
だが、何も答えない。
「ウォーミの北には何も無かったと思うが本当にあっているのか?」
聞こえなかったのかと思い、もう一度聞いてみる。眼鏡のフラスコは頭を抱え込んだまま、再びチラリとこちらを見る。だが、何も喋らない。
……。
俺は大きくため息を吐く。
「戦闘中でも無ければ気にしなくても大丈夫だ。だから答えてくれ」
俺の言葉を聞いたフラスコがバネ仕掛けの機械のように体を起こし、眼鏡をクイッと持ち上げ、大きく息を吐き出す。
「早くそれを言って欲しかったですよ。道はあっていますよ。北ですよ、北。ふっふっふ、僕たちの港は隠されているんですよ。普通の人が分からないのも当然ですよ」
眼鏡のフラスコが得意気にそんなことを言っている。
「そうか。それは凄いな。だが、それで何故、港を隠す必要がある? その意味は?」
「そりゃあ、組合を乗っ取ろうとする馬鹿どもから身を隠すためですよ」
眼鏡のフラスコは当然という感じでそんなことを言っている。
俺は肩を竦める。良く分からない理屈だが、そういうことらしい。
しばらく砂に埋もれた道無き道を走り続け、やがて海が見えてくる。だが、水平線は見えない。代わりに雲を貫くほどの黒い壁がそこにそびえ立っていた。
「それで? 港も、船も、見えないようだが、何処にあるんだ?」
「ふっふっふ、まぁ見ててください」
眼鏡のフラスコが得意気にそんなことを言った時だった。
『待ちなさい』
セラフの制止の声が頭の中に響く。
『どうした? いや、なるほど』
俺はセラフの警告の意味を理解する。
海の方からバラバラと空気を切り裂き回転する音がこちらへと迫ってくる。
『どうやらレイクタウンの次はウォーミを標的にしたようだな』
『ふふん。グラムノートを試すのにちょうど良い獲物が現れたようね』
それは機体上部にある翼を回転させて空を飛ぶ――ヘリコプターだった。
2021年12月19日修正
どの程度の → どの程度の頻度で攻撃が出来るのか? 装填速度、連射性能などなど重視しなければ駄目なことは多い。




