279 最弱の男14――『いい買い物をしたな』
「そこで止めてくれ」
バンブー・マコモと名乗った男の指示に従ってグラスホッパー号をオフィスの横で止める。
『ウォーミのオフィスか。随分と久しぶりな気がするな』
『ふふん。あの馬鹿は居ないようね』
『馬鹿はいない方がいいだろう』
オフィスの横は少し開けた広場のようになっている。ここで荷物を受け渡してくれるのだろう。
「待って、待ってくださいよ。待って欲しいですよ。依頼は、僕の依頼は無視ですか。そちらを優先して欲しいですよ! 港はここから北! 船は北にあるんですよ!」
と、そこで俺の横に座っていた眼鏡のフラスコが騒ぎ出す。俺は小さくため息を吐き、フラスコの頭を抑え、無理矢理黙らせる。そのまま禿げ頭のマコモへと向き直り笑顔を作る。
「それで?」
「お、おう。そいつはいいのか?」
トラックの窓から顔を覗かせている禿げ頭のマコモが頬を掻き、少し困ったような顔でこちらを見る――見ている。
「ただの依頼人だ。無視して大丈夫だ」
「そうかぁ? 依頼人は大切にした方が良いと思うぞ」
俺は禿げ頭のマコモの言葉に肩を竦める。
「そ、そうです! 大事にするべきですよ! 依頼を承諾したのだから、すぐに、早く、ささっとやるべきです! それとも君は偽物で、時間稼ぎ的なことをしようとしているのですか!」
眼鏡のフラスコが俺の横で騒いでいる。助手席に乗せたのは間違いだったかもしれない。今からでも荷台に放り投げた方が良いのだろうか。
「俺が俺を騙ってなんのメリットがある? それにこれは必要なことだ」
「必要なこと……ですか?」
俺の言葉を聞いた眼鏡のフラスコが、間の抜けた顔で聞き返してくる。
「ああ。必要なことだ。あんたの依頼を達成するために必要なことだ」
「何故、僕の依頼に必要なんですか?」
眼鏡のフラスコは間抜けな顔のままだ。
「そのファイブスターとやらを倒すための武器の受け渡しだからだよ」
俺の言葉を聞いたフラスコは急にキリッとした顔に戻り、眼鏡をクイッと持ち上げる。
「それならそうと早く言ってください。それは必要なことですよ!」
そして、そんなことを言っている。
『投げ捨てたくなるな』
『あらあら』
俺は小さくため息を吐く。
眼鏡にこの言葉遣い、本当にあの教授と名乗っていた人造人間みたいだ。いや、あちらの方がもう少しマシだったかもしれない。
『ふふん。もしかしたら、アレは、この眼鏡を参考にして作られた人造人間だったのかもしれないわね』
『人造人間はベースになった人間がいるのか。だが、参考にするならもう少しまともな人間にして欲しいな』
『あらあら。今の世の中、まともな人間なんて生き残っている訳無いでしょ。馬鹿なの。ああ、お前も馬鹿だから生き延びているのね』
俺は今度は大きくため息を吐く。
「という訳で、運んできてくれたものを出して貰ってもいいか?」
「お、おう。ガムさんよ、あんたも若いのに大変だな」
俺は肩を竦める。
「若く見えるだけだ。気にしないでくれ」
「なんだ。あんた、若返りをやってる類か? それなら聞こえてくる噂も納得か」
禿げ頭が俺を見てニヤニヤと笑っている。
どんな噂なのやら。
「それで、運んできたものは?」
「おお、そうだな。間違いが無いか見てくれ」
禿げ頭の言葉にあわせてトラックのコンテナが開いていく。
そこにあったのは銃座に乗った二本の砲身を持つ機銃だった。砲身の長さは三メートル近い。機銃としてはかなりの長さだろう。この砲身から撃ち出された弾はかなりの威力になりそうだ。
ん?
だが、よく見ると、その砲身の先に穴が開いていなかった。
「これは……?」
俺は禿げ頭のマコモを見る。マコモは良く分からないという顔で肩を竦めている。
「俺はお嬢から言われたものを運んだだけだぜ」
弾が出ない機銃? どういうことだ? 模型か何かなのか?
『セラフ、どういうことだ? これであっているのか?』
『ふふん。あっているわ。この子の名前はグラムノート、ケンボクのパッケージングされた遺跡で見つかったばかりの代物ね』
『グラムノート? ケンボク?』
『あらあら、お馬鹿さんなの? 分からないの? グラムノート――夜の怒りの異名を持つ武器ね』
『そうか。夜という概念が怒るものだったとは知らなかったな。それで、砲身がただの棒だが、どうするんだ? これで間違いないのか?』
『ええ。間違ってないから。お馬鹿さんのお前にも分かるように言うと、その棒と棒の間にパンドラから送られたエネルギーをぎゅうぎゅうと圧縮してぇ、それを撃ち出すの。ふふん、それがどれだけの威力になるか……これで分かったでしょ』
セラフは得意気な声で喋り、こちらを馬鹿にするように笑っている。
『何故、圧縮するのか良く分からないが、とにかく強力な武器で間違いないんだな?』
『本当にお馬鹿さんなの? 馬鹿なの? 一から説明する必要があるの?』
セラフは呆れた態度でそんなことを言っている。
『優れた武器だと分かったらそれで充分だ。それでケンボクというのは?』
『南の洞窟が開通してケンボクへの道が開けたの』
ケンボクというのは地名のようだ。そういえば教授がそんな単語を口にしていた覚えがある。その時は気にもとめていなかったが、そうか南にある地名だったのか。
……。
南。南の洞窟が開通。お嬢。
……。
そういえば南東の洞窟に向かったお嬢さまがいたな。そうか、この武器はルリリが用意してくれたものか。
「それで俺はいくら支払えばいい?」
俺は禿げ頭に聞く。
「輸送代ならすでにお嬢から頂いている。俺の仕事は渡したら終わりだぜ」
禿げ頭のマコモがニヤリと笑う。
「そうか、じゃあありがたく受け取るよ」
「ああ。このままだと動かせないだろ? それくらいは、クロウズのあんたのためならオフィスの職員がやってくれるはずだ。職員を呼んでくれ」
「分かった」
オフィスの職員がフォークリフトのような小型の重機を扱いトラックのコンテナから夜の怒りを降ろし、そのままグラスホッパー号へと運ぶ。どうやらグラスホッパー号への換装も行ってくれるようだ。
『それでいくらだったんだ?』
俺はセラフに確認する。いくら俺とルリリが顔見知りだと言っても、この武器が無料ということはあり得ない。
『ふふん。あいつら、これの使い方を分かっていないようだったから、安く買えたから。たったの二百万コイルで買えたんだから。ふふん。私に感謝しなさい』
……たったの二百万?
たった?
性能を考えたら安いのかもしれないが、それでも二百万だぞ。
俺は大きくため息を吐く。
『いい買い物をしたな』
『ふふん。当然でしょ』




