278 最弱の男13――『そういえば、前回も眼鏡を運んだな』
森を走る。
「ちょ、速度、はや、ぶつかる、こんなの危険ですよ!」
「少し黙っていてくれ」
俺のとなりに座ったフラスコがこちらに縋り付き、俺の体を揺らす。
「いや、ぶつかる。木、木、木、木ですよ」
フラスコは眼鏡を大きく揺らし騒いでいる。こいつを助手席に乗せたのは間違いだったかもしれない。これだけ騒ぐのなら荷台にでも放り投げていた方が良かったかもしれない。
『ふふん。私が運転をサポートしているのにぶつかる訳無いでしょ』
『そうだな。幸運なことに木にはぶつかっていないな』
迫る木を前に急ハンドルを切る。細枝をへし折りながらグラスホッパー号が進む。オープンカーのように屋根の無いグラスホッパー号で草木が生い茂った森の中を進むのは失敗だったかもしれない。先ほどから顔や体に何度も折れた木の枝や葉っぱが当たっている。
「もがっ、ひっ、ぺっ、ぺっ、ぺっ、口の中に入ったんですよ! これは、道を、進んだ方が、危険ですよ」
フラスコが叫んでいる。叫ぶから口の中に葉っぱが入る、という簡単なことが理解出来ないようだ。
森を進む。それはいい。だが……。
「しまったな」
俺の言葉に反応し、フラスコがぎょっとした顔でこちらを見る。
「どうしたんですか! まさか、今から、依頼を断るとか! うぇ、ぺっ、ぺっ、断るとか無しですよ!」
俺はハンドルを握りながら肩を竦める。
「ドラゴンベイン、もう一台のクルマの方に着替えを乗せたままだったことを思い出したんだよ」
「そ、それがどうしたんですか。そ、そのまま、その服を、着てればいいですよ」
俺はフラスコの言葉にため息を吐く。その開けた口に飛んできた葉っぱが入りそうになり、思わず顔をしかめる。
『俺にとっては重要なことなんだがな』
『ふふん。そうね』
セラフは楽しそうに笑っている。笑い事では無い。人狼化するたびに服がボロボロになる俺としては本当に重要なことなのだ。そのせいで不愉快な二つ名まで付けられしまっている訳だから、もう一度言うが、俺にとっては笑い事では無い。
『時間的な余裕が無いこともあって、グラスホッパー号ですぐにウォーミへと向けて出発したが、まずったか』
『あらあら』
俺はセラフが何か言おうとしている思わせぶりな態度を無視してフラスコの方を見る。
「フラスコさん、聞きたいんだが」
「な、なんですか?」
「あんたの船はクルマが乗っかるほど大きいのか?」
「と、当然ですよ。船長の船をなんだと思っているんですか。君たちクロウズはクルマやヨロイが無ければ戦えないですよね。海洋種のビーストと素手で戦うつもりだったんですか」
フラスコが眼鏡をクイッと持ち上げ得意気な顔でそんなことを言っている。
「そうか」
「そうですよ……って、あ、痛っ」
狙った訳では無いが、そのフラスコの得意気な顔に木の枝が当たっていた。
『という訳でクルマで戦えるようだが、グラスホッパー号の武装でそのファイブスターとやらが倒せると思うか? ファイブスターは賞金首なんだよな?』
『ええ、そうね。ふふん、賞金額は十二万コイル。今回の件で一気に賞金額が増えたようね』
『それでも、たった十二万程度なのか』
『あらあら、お前はいつの間にそんな大物になったのかしら? この周辺の賞金首からすれば充分、大物よ』
俺は肩を竦める。
『それで勝てると思うか?』
『あら! アクシードの賞金首ほどじゃない、速攻で倒すって言ったのはお前でしょ』
セラフの言葉に苦笑する。
『痛いところを突くな。だが、今回はドラゴンベインでは無くグラスホッパー号だからな。しかも海上での戦いだ。隣のフラスコが言っているように俺が格闘する訳にもいかないだろう?』
地上とは勝手が違う。何か強力な武器が欲しいところだ。
『ふふん。分かっているから。言ったでしょ、待ちなさいって』
『ああ、言っていたな』
武器のアテがあると言っていた件だろう。だが、俺たちはウォーミに向かっている。セラフはどうするつもりなのだろうか。
『ふふん。そのウォーミで引き渡すことになっているから』
「……んだと?」
俺はセラフの言葉に思わず反応してしまう。
「ど、どうしたんです? な、何かあったんですか?」
「いや、なんでも無い」
俺の言葉に反応したフラスコに笑いかけ、誤魔化す。
『それで、どういうことだ? 今から向かうウォーミで引き渡し? タイミングが良すぎるだろう。まさか、お前、最初からそのつもりだったのか?』
セラフが仕組んだとしか思えないタイミングだ。疑ってしまうのも当然だろう。
『まさか。さすがに偶然ね。でも、依頼を受けてちょうど良かったでしょう?』
『だから、依頼を受けろと言ったのか』
思わずため息が出る。
『ふふん』
セラフは得意気に笑っていた。
その後、森を抜け、マシーンやバンディットを避けつつ休憩無しで走り続け、なんとかその日のうちにウォーミに到着する。
ウォーミの四角い建物が近づいてくる。
『そういえば、前回も眼鏡を運んだな』
俺は隣のフラスコを見る。前回は教授と呼ばれた眼鏡だった。今回は船乗りの眼鏡だ。似ているようだが、全然違う。
『ふふん。それが?』
『いや、それだけだ』
と、まばらに建物が並ぶウォーミの街を走っていると一台のトラックがこちらへと寄ってきた。
『何者だ?』
『ふふん』
セラフは笑っている。
そして、並走したトラックの窓が開き、そこから一人の男が顔を覗かせる。顔に鋭い傷を負った禿げ頭の厳つい男だ。
「誰だ? 何の用だ?」
「俺はバンブー・マコモ、しがない配達屋だ。気安くマコモと呼んでくれ。あんたがガムだろう? お嬢からの依頼で荷物を運んできたぞ」
どうやらセラフの言っていたアテがやって来たようだ。




