277 最弱の男12――「大丈夫だ、問題ない」
フラスコと名乗ったひょろっとした男が、こちらをいぶかしむように見ている。俺の実力を疑っているのだろう。
「それで、報酬は?」
俺はフラスコを少しだけ威圧し、睨むように見る。
「船を……、僕たちの船を、譲る、よ」
――船を譲る、か。
『セラフ、どう思う?』
目の前のひょろ眼鏡の名前はフラスコ。
依頼の内容はファイブスターとやらの討伐。
報酬は船。
俺を指名した理由は、ウォーミのクロウズであるシュガーの紹介だから。
『ふふん。悪くない依頼でしょ』
そう、悪くない依頼だ。
船が手に入る。
俺たちはちょうどオーキベースに攻め込むための足を探している。船が手に入れば、あの胡散臭いシンたちと一緒に行動しなくても済み、単独で攻め込むことが出来るようになるだろう。
だが、問題もある。ファイブスターとやらを討伐しないと駄目だ、ということだ。いつ再びレイクタウンへの襲撃が行われるか分からない。オーキベースに攻め込むのは最優先事項だ。ファイブスターとやらの場所へ向かうだけで何日もかかってしまうようなら――この依頼、受けることは出来ない。
……。
俺は大きくため息を吐く。
「身をもって知っていると思うが、今、このレイクタウンは襲撃を受けている。俺はその襲撃を止めないと駄目なんだが、その依頼はどれくらいの日数がかかるものなんだ?」
「そ、そりゃあ、すぐですよ。すぐ終わりますよ。君が、本当に、実力者なら、二日もかからないでしょう。ここからウォーミまでは橋を渡ればすぐですし、急げばすぐですよ、すぐ。僕たちの船なら、ファイブスターの根城になっている海域まで一日もかからないですよ。だから、すぐですよ」
すぐ、か。
俺は腕を組み考える。
『二日で済む依頼なら悪くないような気がする』
オーツーの用意する船がどの程度のものかは分からないが、シンたち集団のクルマやヨロイを乗せるくらいだから、かなりの大きさの船だろう。積み込むのは人とクルマだけではない。食料や水なども必要だろう。その準備がすぐに終わるとは思えない。依頼が二日程度で終わるなら、シンたちに遅れること無く、オーキベースに攻め込めるのではないだろうか。
まぁ、全てが上手く行けば、だが。
『ふふん。橋が渡れれば、でしょ』
橋?
俺はセラフの言葉に首を傾げそうになる。
『どういうことだ?』
『お前は昨日やったことも忘れたの? 馬鹿なの?』
昨日やったことといえば、水門の破壊だ。
……。
ああ、そういうことか。
水門は橋も兼ねていた。ウォーミへと続く橋だ。それを破壊したため、そのルートはもう通れない。ウォーミに行くとなると、レイクタウンの西から湖を南回りにぐるっと遠回りする必要がある。
なんという間の悪い。一日早く依頼の内容を知っていれば、オフィスからわざわざ高射機関砲を借りる必要も無く、シンたちの足止めも出来たのに。
『つまり、余計な日数がかかるということか』
『ふふん。そうね』
セラフは思わせぶりに笑っている。
南ルートか。
南ルートでも、砂漠を越え、工場地帯を抜けるルート。森を突っ切り、水門を越えた先と合流するルートの二種類がある。
砂漠を越えるルートはかなりの遠回りになってしまうが、比較的安全だ。多くの機械が徘徊している工場地帯を抜けることになるが、クロウズに成り立ての、初心者向けの狩り場になっているような場所だ。苦労することは無いだろう。
森を突っ切るルートは、森の中を――道なき道をクルマで走る必要があるというのが問題か。
……行くなら森を突っ切るルートだろうな。
『ふふん。それでも、この依頼は受けなさい』
『ほう。その心は?』
『私なら、少しの遅れなんて取り戻せるから』
セラフは得意気に笑っている。
信用出来ない相手と団体行動をするよりは自由に動けた方が良い。あの豚鼻のようなヤツのことを考えると揉め事が起こるとしか思えない。問題だな。船上という逃げ場の無い場所での団体行動だから、なおさらだな。
そのファイブスターとやらがどの程度の相手かは分からないが、コックローチやミメラスプレンデンスほどの相手ではないだろう。なんとかなるはずだ。
ここはセラフを信じて見るか。
「分かった。依頼を受けよう」
俺はひょろ眼鏡の男に頷きを返す。
と、そこに待ったがかかる。
「え! ガムさん、例のアレは、アレで、アレをどうするつもりですか!」
ここまで案内したオフィスの受付嬢だ。
アレに、アレ、ね。ひょろ眼鏡のフラスコがいる手前、オーキベースを攻めるという極秘依頼の内容を喋ることが出来ないのだろう。
……。
この受付嬢は俺がこの依頼を断ると思って案内したのだろうか。
「大丈夫だ、問題ない」
「ガムさん、大丈夫じゃないです。アレは大きな問題です。優先するべきことですよ」
「問題ない」
「えーっと、それはどういう?」
俺の言葉に、受付嬢が人造人間らしい無駄に整った顔をこてんと傾げている。
「ファイブスターとやらを速攻で倒し、その後、そちらの依頼も終わらせる」
「ちょ、待ってくださいよ」
と、そこに今度はひょろ眼鏡のフラスコから待ったがかかる。
「どうした?」
「ファイブスターを速攻で倒す? 海を舐めないでください。船長がやられたほどの大型種なんですよ。それを簡単に……」
俺は大きくため息を吐く。
「あんたは俺に依頼を受けて欲しいのか、そうじゃないのか。どっちなんだ?」
俺の言葉を聞いたひょろ眼鏡は、あっと口を開けたまま間抜けな顔で俺を見る。
「いや、それは、その、ウォーミでは受けてくれるクロウズがいないほど高難易度で、それを、君のような、子どもが、でも、受けてくれるなら、それも……」
ひょろ眼鏡はもごもごと何か言っている。
……。
「とりあえず任せてくれ」
不安ばかりの依頼だが、多分、なんとかなるだろう。
『ふふん。なんとかなる? なんとかする、でしょ?』
『そうだな。その通りだ。だが、お前に言われるとは思わなかったよ』




