276 最弱の男11――「待て。何故、俺なんだ?」
再開しました。
『さて、と』
『ふふん。周囲にこちらを邪魔する存在は見えないようね』
どうやらシンたちが周辺のビーストやバンディットたちを排除したようだ。これで安心して水門を破壊することが出来る。とは言ってものんびりとしていれば、周囲のビーストやバンディットたちが集まってくるだろう。やるべきことを手早くささっとやってしまおう。
『それでどうすればいい?』
俺はセラフに高射機関砲の使い方を確認する。
『ふふん。任せなさい』
セラフの指示に従い弾丸を装填し、操作していく。とくに難しいところはない。まったくカンタンだ。
長く伸びた砲塔が角度を変え、水門を狙う。
『弾道計算は?』
『ふふん。見ていなさい。この距離ならその必要なんて無いから』
俺はセラフの言葉に肩を竦め、高射機関砲の引き金を引く。響く轟音に慌てて耳を押さえる。
そして、高射機関砲から弾丸が放たれる。その次の瞬間には水門が砕け散っていた。抑え込んでいたものが無くなり、溢れるように渦巻く海水が湖へと流れ込み、混じり合っていく。
『一撃、か』
預かっていた弾丸は一発だけだ。その一発で壊れてくれないと困るのだから、この結果は想定通りであり、最良のものだろう。だが、海水を抑え込み、その水圧と侵食に耐えていた分厚いコンクリートの壁を一撃で破壊する威力には、分かっていても素直に驚かされる。
弾丸が放たれたと思った次の瞬間には水門が壊れていた。それだけの速度だ。ここから水門までは1キロメートルあるかないかくらいだろうか。その距離が一瞬だ。一瞬で破壊された。弾道計算が必要ないというのも当然だった訳だ。
これで湖から海へ進むことが出来る。ルートが解放された。今、俺が出来ることは終わった。後は帰るだけだ。
『ふふん。急ぎなさい。音を聞きつけたビーストやバンディットたちが集まりつつあるから』
周辺のビーストやバンディットたちは掃除済みだったはずだが、それでも集まりつつある、か。そうなるだけの大きな音が出てしまったということだろう。
『そうか。それは急いだ方が良さそうだ』
この高射機関砲はオフィスからのレンタル品だ。少しでも傷を付けようものなら、何を言われるか、どれだけの損害賠償を請求されるか、分からないからな。
俺はグラスホッパー号に飛び乗る。グラスホッパー号に搭載している機銃だけでは運搬している高射機関砲を守るには心許ない。この周辺は簡単に蹴散らせるような雑魚しか棲息していないだろう。だが、数が多くなると対処しきれなくなる可能性があるからな。急いで帰ろう。
グラスホッパー号を走らせる。しばらく走り続け、そしてレイクタウンの町並みが――いや、崩壊した瓦礫の山が見えてくる。
「ひゃー、すげぇのが、すげぇお宝だぜー」
「機械だぁ! 奇怪な機械だ! 奇怪な機械に会えるなんて素敵な機会だぁ」
だが、そこにバンディットたちが現れる。
『本当に何処にでも現れるな』
アメンボのような機械に跨がったバンディットたちが次々と現れる。砂煙を上げ、地平線を埋め尽くすほどのバンディットたちがこちらへと迫っていた。重量のある高射機関砲を運んでいるからか、グラスホッパー号は思ったほどの速度が出ていない。すぐに追いつかれるだろう。
グラスホッパー号の機銃を動かし、バンディットを蹴散らす。だが、数が多い。
「すげぇ、メタリックじゃあ」
撃ち漏らしたバンディットが高射機関砲に取り付く。
『セラフ、任せた』
『はいはい。自動運転に切り替えるから。分かってるでしょうけど、S610レーヴァティンを傷つけたくないなら武器の使用を控えなさい』
俺はセラフにグラスホッパー号の運転を任せ、座席から荷台へと飛び移る。そのまま飛び、高射機関砲に取り付いたバンディットを蹴り飛ばす。
『動かすから』
『分かった』
俺は慌てて荷台に戻る。グラスホッパー号がゆっくりと半円を描くように動く。
高射機関砲を後ろに連結している関係上、追いかけているバンディットたちをグラスホッパー号の機銃で攻撃するには、連中に対して水平に移動するしか無い。高射機関砲を盾代わりにする訳にはいかない。
レイクタウンは目の前だが、その距離が縮まらない。
「メタ、メタ、メタいぃぃ」
俺は何か良く分からない言葉を叫んでいるバンディットを殴り、吹き飛ばす。撃ち漏らしが多い。いや、数が多すぎるだけか。
『不味いな』
バンディットたちの数が多い。多すぎる。こちらを追いかけているバンディットたちは数百人規模の群になっている。それだけ高射機関砲が奴らにとって美味しい獲物なのだろう。
『ふふん。不味い? そうでもないようね。援軍が到着したから』
『援軍だと?』
こちらを追いかけていたバンディットの一群が吹き飛ぶ。
[また会ったな]
グラスホッパー号に通信が入る。
バンディットたちを蹴散らして現れたのは先ほど別れたばかりのシンたちだった。
シンの車輪のついた真っ黒な戦車が火を吹き、バンディットを吹き飛ばす。巨大な鉄の棒を持った作業用ロボットもバンディットを叩き潰していく。周囲にバンディットだったものが積み重なっていく。
「逃げロー、ひー」
「機械様がお怒りだぁ」
死を生み出す暴風雨にバンディットたちが逃げて行く。
無限軌道の代わりに車輪のついた黒い戦車がグラスホッパー号の前で止まる。そのハッチが開き、片眼鏡の男が顔を覗かせる。こちらを見てニヤニヤと笑っている。
「シン、思っていたよりも早い再会だな」
「首輪付きのガム、水門は壊せたようだな」
俺はシンの言葉に肩を竦める。
「一応、礼は言っておく。助かった」
俺の言葉を聞いた片眼鏡の男――シンが口角を上げる。
「お前と一緒に仕事をすることになるだろうからな。これくらいはしてやるさ」
「どういう意味だ?」
シンはニヤリと笑う。
「すぐ分かるさ。撤収するぞ」
シンの言葉に一団が動き出す。その途中で作業用ロボットに乗った豚鼻がこちらへと振り返る。
「シンさんがどう言おうと俺はお前を認めてねぇからな! 許さねえからな!」
動けなくなるほど殴ったはずの豚鼻は思っていたよりもまだまだ元気だった。まだ殴り足りなかったらしい。次は手加減をしないようにしよう。
『あら! 手加減をしていたの?』
『それで? どういうことだ?』
俺はセラフに先ほどのシンの言葉の意味を尋ねる。
『ふふん。少し待ちなさい』
俺はシンが立ち去った方を見る。助けに入ったタイミングが良すぎる。もしかするとバンディットたちを誘導したのはシンかもしれない。
『ふふん。分かったわ。あのシンという男をリーダーとしてオーキベースに攻め込むようね』
『なるほど。オーツーの言っていた話か』
だから、すぐに分かると言ったのか。
となると――水門を管理しているじいさんのところで出会ったのは偶然だろうが、水門で出会ったのは……偶然ではないのかもしれない。
『やれやれだな』
『ええ、やれやれね』
俺はグラスホッパー号を走らせる。高射機関砲をオフィスに返却し、そのままゲンじいさんのところへ帰る。
そして翌日。
「お待ちしていました」
オフィスでは受付嬢が俺を待ち構えていた。
「例の依頼の件か」
「はい、こちらへどうぞ」
受付嬢の案内で地下へと降りる。案内されたのは前回、オーツーと面会した部屋だった。そこには眼鏡をかけ、ひょろっとした男が待っていた。
「ん?」
誰だ? 見覚えはない。てっきりオーキベースを襲撃する段取りでもするのかと思っていたのだが、どういうことだろう。
ひょろっとした眼鏡の男が顔を上げ、こちらを見る。
「その子どもは?」
眼鏡の男の言葉に俺は肩を竦める。
「こちらがガムさんです」
ここまで案内した受付嬢の言葉に眼鏡の男が驚いている。
「そんな……子どもが? 嘘だろう」
俺はため息を吐き、肩を竦め、受付嬢を見る。
「どうやら、俺は何か勘違いをしていたようだ。これで帰ってもいいか?」
「あ、あの、少し待ってください」
受付嬢が眼鏡の男を見る。
「彼がガムさんです」
「あの?」
「はい、あのガムさんです」
受付嬢と眼鏡の男が何やら俺のことを話している。
「こんな、まだ少年と言っていい年なのに?」
「そうです。それでもすでにいくつもの賞金首を倒したクロウズです。新人殺しから最高額賞金首まで。他にも全裸で……」
話は終わりそうに無い。
「それで?」
俺はため息を吐きながら会話に割って入る。
「あ、ああ。君がガムなら頼みがあるんだ」
眼鏡の男がゆっくりと話し始める。
「依頼だ。指名依頼なんだ。ファイブスターを、ヤツを、船長の仇を、どうか……」
指名依頼? 俺を指名した? その理由はなんだ?
「待て。何故、俺なんだ?」
「ああ、そうか。そこからか。僕はフラスコ。ウォーミの街で漁師をしている。君のことはウォーミのクロウズ、シュガーから聞いていたんだ」
シュガー? 懐かしい名前だ。
まだ生き延びていたのか。
2021年12月19日修正
早い再開だな → 早い再会だな
(再開したから再開という誤字の小ネタ)
猟師 → 漁師




