273 最弱の男08――『ちゃんとあるな』
『それで、何処に、一旦、戻るのかしら?』
セラフの何処か苛々したような、呆れたような声が頭の中に響く。俺の向かっている先が理解出来ないらしい。
『水門がどういうものか確認したからな。オフィスに戻る予定だ』
俺が確認したかったことは充分に見ることが出来た。後は交渉だけだろう。
俺はグラスホッパー号を走らせ瓦礫の山へと戻る。
瓦礫と化したオフィスの横には変わらず巨大な砲身を持った機関砲が銃座とともに置かれていた。
『ちゃんとあるな』
俺はそれを横目にグラスホッパー号から飛び降り、吹き曝しのカウンターへと向かう。
『お前、まさか』
俺はセラフの驚いたような声を聞き流しながら、そのカウンターに腕を乗せる。
「あ、首輪付きのガムさん、まだ指名依頼の件は確認中ですよ」
並んでいる受付嬢の一人がそんなことを言っている。
「いや、その件じゃない。マスターと――オーツーとは会えるかな?」
俺の言葉に並んでいた受付嬢たちが顔を見合わせる。
「え? えーっと、それは……」
どうやら、対応して良いのかどうか判断出来ず困っているようだ。
『あらあら。あれに用があるなら、私に言えばいいのに』
『ここのマスターに話を通したという形が大事だろう?』
『はいはい。それでお前がやろうとしているのは……』
『ああ。お前の想像している通りだ』
俺はもう一度カウンターに並んでいる受付嬢たちを見回す。
しばらく待っていると受付嬢に動きがあった。
「あ、あの、許可が下りました。どうぞ、こちらです」
受付嬢の一人がカウンターの奥にあったドラム缶を動かす。その下には開いたマンホールの穴と梯子が隠されていた。どうやら、ここのマスターはそこに隠れているらしい。
「ああ。行ってくる。グラスホッパー号を見ておいてくれ」
「かしこまりました」
受付嬢が頭を下げる。
瓦礫を運んでいるクロウズたちの姿を横目に、地下へと降りる。彼らが人目の多い中でグラスホッパー号を盗もうとするとは思わないが、油断は出来ない。
『ふふん。私が管理しているのに? 人形らが見ているよりも安全でしょ』
『そこはお前を信頼して信用しているさ。万が一のためだ』
何処にでも馬鹿はいる。そして、馬鹿の行動は読めない。不要な面倒事は避けた方がいい。
梯子を下りた先――薄暗い地下通路を進む。天井にはチカチカと今にも消えそうな照明が瞬いている。オフィスにある地下通路が手入れされていない……とは思えない。これも演出なのだろう。
地下通路の途中で見張りらしき人造人間に呼び止められる。
「案内します」
俺は人造人間の言葉に肩を竦め、その後をついていく。
「こちらでお待ちください」
人造人間が重そうな鉄の扉の前で止まる。
「部屋の中で、か? この通路の先は何があるんだ? 何処に繋がっている?」
「部屋の中でお待ちください。ご質問には答えられません」
俺は再び肩を竦め、重たい扉を開け、中に入る。
『ふふん。通路の先は地下プラントに繋がっているようね』
『地下プラントか』
『ええ。この都市の生命線とも言えるものね』
そんなものがオフィスの地下にあることは驚きだが、頷ける話でもある。俺のような一般クロウズを進ませたくないのも分かる。
長椅子しか置かれていない部屋で、くつろぎ、しばらく待っていると見覚えのある人造人間がやって来た。いや、人造人間ではなく、端末の操る人形だろう。
「何の御用でしょう?」
「せっかく旧時代を参考にして区画整理をするなど発展を頑張っていたのに今回の件はご愁傷様だったな」
「それが言いたくて私を呼んだのですか?」
オーツーの人形のような顔からは表情が読めない。
俺は肩を竦める。
「違う。ここにはお願いがあってきた」
『はいはい、了承しておくから』
俺の言葉にかぶせるようにセラフの声が頭の中に響く。
『形は大事だろう』
俺はセラフの言葉に苦笑し、そう答える。
「それで何のお願いですか?」
「外にあった機関砲を借りたい」
オーツーがわざとらしく大きなため息を吐く。
「何のためにでしょうか?」
「水門を破壊するために、だ。まさかハリボテなんてことはないだろう?」
「一クロウズでしかないあなたが、何の権限があって、私を呼び、命令するのでしょう?」
オーツーの中ではレストランの出来事が無かったことになっているようだ。人工知能が記憶喪失ということもないだろう。つまり、上に、マザーノルンにバレないようにそういう形で辻褄合わせが行われているのだろう。
「有用な意見は聞くべきだと思うが?」
俺はオーツーを見る。オーツーが腕を組み、いかにも苦労していますという顔でため息を吐く。
「水門の破壊ですか。分かりました。許可しましょう。あの老人とは出来れば穏便な話し合いで済ませたかったのですが、仕方ありません」
「そうか、助かる」
セラフが手を回している状況では茶番でしかないやり取りだ。
「ただし条件があります」
「ん? なんだ?」
「レイクタウンを襲撃したものたち――その拠点に攻め込むことになっています。そこに、あなたも参加して貰います。それが条件です」
オーツーの出した条件。出来れば単独行動をとりたかったが、船の手配などを考えれば悪くない選択かもしれない。
「分かった」
「話は以上ですね?」
「ああ……いや、一つ聞いてもいいか?」
「何でしょう?」
オーツーは少し面倒そうに眉を歪める。意外と演技派だ。
「あの厄介なじいさんは何者なんだ?」
「この地で昔から農作業に従事し、水門を管理していた一族の最後の生き残りですよ。ただ、それだけです」
「昔――旧時代からか」
「そうですね。引き継ぎが上手く行ってなかったのでしょう。義務を特権だと勘違いしているのですから」
オーツーが俺を見る。人形の目からは何も読み取ることが出来ない。
「話は終わりです。後のことは上で聞いてください」
オーツーが部屋を出て行く。
「ふぅ」
俺はため息を一つ吐く。
水門はあの厄介なじいさんにとって思い入れのある大事なものだろう。だが――悪いが俺には関係無い。
これで水門、船、両方の問題が解決だ。




