027 プロローグ24
スピードマスターは気取った感じで赤いサングラスを弾き光らせている。
「あー、よろしく」
小さく頭を下げる。かなり奇抜で奇特で奇妙な人物だが、これから厄介になるクロウズという組織? の先輩だ。挨拶はしておくべきだろう。
「挨拶できるなんて出来た後輩だな、おい」
スピードマスターは指を振りながら楽しそうに笑っている。何となく、悪い人ではない感じがする。
そして俺は改めて真っ赤な戦車を見る。形は思いっきり戦車だが、そこまで大きなサイズではない。普通自動車のミニバンと同じくらいではないだろうか。三人ほど乗り込んだら、それだけで窮屈になりそうだ。
にしても戦車か。車というから普通の自動車をイメージしていたから意外というか何というか……いや、しかし、つまりそれは戦車が必要になるほどの相手が存在しているということか?
確かにあの島で戦ったロボットや桜の木もどきは戦車があれば楽勝だっただろう。そういうことか?
「では、じいさん、俺様のかわいこちゃんの具合を確かめさせて貰うぜ」
スピードマスターが真っ赤な戦車に手をかけ、砲塔へと飛び上がる。どうやらそこに搭乗ハッチがあるようだ。真っ赤なスピードマスターが戦車の中に滑り込む。
って、ん?
戦車って一人で動かせるものなのか?
『ふふん、何も知らないじゃん』
セラフが何かを言っているようだが、これも無視して構わないだろう。
『はぁ!?』
構って欲しいなら思わせぶりなことばかり言うのは止めるべきだな。多分、再現したモデルというのが答えなんだろう?
『はぁ! 分かっているなら言えよ! 私よりは劣るけど人工知能を搭載しているから操作は全てそれが頑張るだけなの』
ガワは戦車だけど中身は別物という感じかもしれない。だが、巨大な主砲から放たれる一撃の破壊力は見た目通りかそれ以上だろう。
「じいさん、さすがだな。元通りだぜ!」
真っ赤な戦車の砲塔が状態を確認するようにゆっくりと動く。
「ふん。壊れたのが砲塔部分だったから良かったがシャシーなら終わっていたぞ」
「ああ。分かってるぜ。今回はちょっと欲張りすぎた。ま、その分、実入りは大きかったんだけどさ」
搭乗ハッチが開きそこから真っ赤な姿のスピードマスターがマントを閃かせながら飛び降りてくる。
「それなら支払いを弾んで貰おうか」
「いやいや、じいさん、それはないぜ!」
そこでゲンじいが俺の方を見る。そして改めて真っ赤なスピードマスターの方を見る。
「ふむ。四千ほどだな」
「そういうことか。分かったぜ」
それを聞いたスピードマスターが大きなため息を吐き出し、頷く。
「じいさんの口座変わっていなかったよな? 振り込んでおく」
スピードマスターが大きな機械式の腕を水平に構えると、その腕がぱかりと開いた。中に何か端末がはまっているようだ。大きな機械の指でその端末を操作している。
「うむ。後は頼んだ」
そしてゲンじいが俺の方を見る。
「ガム君、彼は傾き者だがクロウズとしての腕は確かだ。困ったら頼ると良いだろう」
「おう。だが俺様に頼りすぎるなよ。その時は容赦なく見放すからな」
真っ赤な男が笑っている。
俺は改めてゲンじいの方を見る。
「改めてありがとう」
そして頭を下げる。
「んじゃ、じいさん、後でかわいこちゃんは取りに来るぜ。おい首輪付き、こっちだ」
俺はもう一度ゲンじいさんの方を見て軽く頭を下げ、スピードマスターの後を追う。
「クロウズのオフィスはここからそう離れてねぇ。数十分も歩けば辿り着くだろうよ」
数十分間も歩くなら、結構離れている気がする。ああ、でも、車ならすぐか。そういう感覚なのだろう。
「で、首輪付き、歩き方からただ者じゃねえ感じはするが、どの程度やれるんだ?」
ゲンじいの所有している土地なのか、くず鉄が並ぶ道を歩いているとスピードマスターが話しかけてきた。
どの程度、か。正直、答えに困る。この時代、この場所の基準が分からない。ただ、戦車で戦うことが普通だと考えるなら……俺の実力は微妙か。
「戦車には勝てないよ」
俺の答えを聞いたスピードマスターから真っ赤なサングラスがずり落ちる。その目は大きく驚きに見開かれていた。
「戦車? ……おいおいおい、クルマに勝てるヤツなんて、それこそヨロイ持ちくらいだぜ。比べるものが無茶苦茶だな!」
楽しそうなスピードマスターに背中をバンバンと叩かれる。
「ま、その様子ならクロウズでもやってイケそうだな。餓鬼がクロウズになっても、すぐ死ぬだけだからなぁ」
そこでスピードマスターが俺を見る。
「だが、その武器はいただけねぇぜ。自殺行為だ。早くもっと良い武器を手に入れな。んで、いつかは俺様みたいにクルマを手に入れろ。クロウズはクルマを手に入れてなんぼだ」
なるほど。戦車で相手するようなのが普通になるのか。賞金を稼ぐと聞いたから人相手の賞金稼ぎかと思ったが、あの島に居たようなロボットや化け物が戦闘の中心になるのかもしれない。
「分かった」
とりあえず素直に頷いておく。
「最初はAYO工場群近くの高架下で機械どもを相手にすると良いだろうな。砂漠には近寄るなよ? すぐ砂丘ミミズに喰われて終わりだぜ。倒せるようになったら儲かるんだがな」
スピードマスターはクロウズの先輩として色々と教えてくれるようだ。外見はあれだが、かなり親切だ。
「ちなみに戦車を手に入れようと思ったらどうすれば良い? 買うのか?」
「買えるが、それは難しいだろうぜ。誰も貴重な戦力は手放したくないからな。特に戦車タイプのクルマは難しいだろうな。狙い目は旧時代の遺跡だ。未発見の遺跡でも見つければクルマが眠っているかもしれないな。夢があるだろ? 後はまぁ、ないとは思うが誰かから譲り受けるか、だな」
遺跡、か。車を手に入れるのに遺跡からというのは何というか……。
「おい、首輪付き、お前勘違いしていないよな? クルマだぞ、クルマ」
「車だよな?」
俺の返事を聞いたスピードマスターが肩を竦める。
「お前、何処の田舎から出てきたんだよ。知らねぇみたいだな。化石燃料で動く骨董品のことじゃねえ、パンドラだ。パンドラで動くのがクルマだ。クルマじゃねえと話にならないからな」
パンドラ?
『無限回路のこと。ちなみに私は知っていたから。お前が勘違いしているのも知ってたから』
頭の中にこちらを馬鹿にしたような声が響く。何だ、それは。
『無限にエネルギーが湧き出る魔法のような装置……と思ったらいいんじゃない?』
ん? その言い方だと違うようだが、だが教える気はなさそうだ。本当にろくでもない性格だ。
「お、ついたぜ」
と、そんなことを話している間に、いつの間にか廃墟のような少し崩れたビルが並ぶ場所に来ている。ここがレイクタウンの中心区なのだろうか。
「ここがレイクタウンのクロウズのオフィスだぜ。中の窓口に受付担当がいるから、そこで俺様の紹介だって言えば大丈夫だ。と、受付が美人ばかりだからって口説こうと思うなよ……て、餓鬼だから大丈夫か」
どうやらクロウズの本拠地に着いたようだ。
……。
スピードマスターの口ぶりだと口説こうとする輩は多いのかもしれない。だが、それはあまりよろしくない結果になりそうだ。
とりあえず中に入るか。外は普通にオフィスビルという感じだが、トタン屋根や廃墟みたいな建物が多い中、形が残っているだけでも凄いことなのかもしれない。
オフィスに入る。
『ん? あー、そういうこと? 今から言うコードを窓口で言えば……』
セラフがまた何か思わせぶりなことを言い始めたようだ。




