270 最弱の男05――『言えよ』
湖の水門を開けること?
『何故、それが問題になる?』
『ふふん』
セラフは笑うだけで俺の質問に答えない。
『言えよ』
『はぁ、はいはい。あまり確かな情報じゃなかったから言いたくなかったの』
嘘は吐かないように――いや、伝えたことが嘘にならないように、か。
『分かった。それを踏まえた上で聞きたい。どういうことだ?』
『これはオフィスに集まった不確かな情報ね。水門を管理している爺が、とーっても問題のあるクソジジイらしいの。それこそ、ウォーミの漁業組合を説得した方が簡単かもしれないくらい問題があるようね』
俺はセラフの言葉に思わず肩を竦めそうになる。またじいさんか。この時代のじいさんはどいつもこいつも厄介なようだ。
「何かね」
ゲンじいさんが俺の方を見る。俺は先ほど我慢した肩をほぐし、気持ちよく竦めてみせる。
「ゲンじいさんには感謝しかないと再確認していたところさ」
ああ、そうだ。間違っていた――厄介なのはユメジロウのジジイだけだな。
『どう問題がある?』
『相手と会話が成り立たない、周囲に被害を与えるような何かの実験をやっている、ふふん、その他色々みたいね』
『なるほど』
実際に会ってみるのが一番だということが分った。そういう相手のようだ。
俺は無事に食事を終え、ドラゴンベインをカスミに任せ、グラスホッパー号へと乗り込む。
『それでどうするつもり?』
セラフの声が頭の中に響く。
『とりあえずオフィスに向かう』
『あら、そう』
『レイクタウンのオフィスの状況を確認したい』
まずはオフィスだ。瓦礫の山と化したレイクタウンだが、その中でもオフィスが活動しているのは聞いている。それがどんな状況なのか実際に見ておきたいと思ったからだ。
瓦礫の山の中、飛び跳ねるようにグラスホッパー号が進む。ふと周囲を見れば、至る所で瓦礫を集めている人たちの姿が見える。コイルのため、ポイントのため――儲けるという自分のための行動だが、これも復興への一歩なのだろう。
そして、オフィスの建物が見えてくる。いや、オフィスだった建物が正解だろうか。
周辺のものを集めただけでは作ることが出来ないであろう数の瓦礫が山のように積み上がり、屋根があるだけの吹きさらしの壁の中に、にこやかに微笑む受付嬢の姿とカウンターがあった。そこまでは良い。瓦礫の山があるのも予想通りだ。オフィスの建物が崩壊していたのも、その崩壊した建物の中で営業しているのも想像通りだ。
だが、その横にあるものが異常だった。
何処から運んできたのか十メートルを超える巨大な砲身を持った機関砲が銃座とともに備え付けられていた。対空高射機関砲だろう。まず間違いなく襲撃してきたヘリを撃ち落とすためのシロモノだ。
次はやられない。舐められたままでは終わらないという、この世界の支配者らしい意地が見える。
『どこから運んできたんだ? まだ襲撃を受けてから一日だろう? まさか準備していたとでも言うのか』
『どうやら……ふふん』
セラフは勿体ぶるだけで何も答えない。もしかするとセラフ自身も答えを知らないのかもしれない。
「あ! 首輪付きのガムさん!」
俺が吹きさらしのカウタンーに近づくと受付嬢の一人がこちらに気付き声をかけてきた。
「首輪付き――相変わらず、その呼び方なのか」
俺が望む望まないにかかわらず、そう呼ばれてしまうようだ。まだ裸族と呼ばれていないだけマシか。
「あの、ガムさんに指名依頼が入っています!」
受付の人造人間が俺の言葉を無視してそんなことを言ってくる。
指名依頼?
「ああ、ゲンじいさんからか。早いな」
このタイミングだとゲンじいさんしか無いだろう。俺の提案を聞いて、すぐに依頼してくれたようだ。
「いえ、違います」
受付の女は首を傾げている。
『あらあら!』
俺の予想が外れたのが嬉しいのか、セラフは楽しそうな声で笑っている。
『他に思い当たることは無いだろう? それともお前が何か手を回したのか?』
『そんなワケないでしょ』
セラフがオーキベースの攻略を依頼として手配したのかと思ったが、それも違ったようだ。
「誰からだ?」
「え、あ、はい。依頼はフラスコさんからです。詳しい内容に関しては会って話したいそうです。酒場で待っているとの伝言を受けています」
フラスコ?
聞き覚えのない名前だ。
俺に会って何を頼みたいのだろうか。
……。
「なぁ、一つ聞きたい」
「はい、なんでしょう?」
受付の女は整いすぎた顔で微笑んでいる。
「酒場は今も残っているのか?」
俺は手を広げ、周囲を見回す。辺り一面、瓦礫の山だ。
受付の女は人造人間らしく微笑んだ顔のまま止まっている。
「どうなんだ?」
「あ、はい。あ、あの、明日の昼にまた、ここに来ていただけますか? それまでに話を通しておきます」
受付の女は微笑んだ顔のままだ。その目は笑っていない。どうやら何も考えず機械的に処理していたようだ。
俺は小さくため息を吐く。
今回の襲撃で、そのフラスコとやらが死んでいなければいいな。
「分かった。明日の昼にまた来る」
俺はグラスホッパー号に戻る。
『あらあら。用事は済んだのかしら』
『オフィスの現状が見たかっただけだから、これで別に構わない』
『それでどうするつもり?』
まだ昼を過ぎたような時間だ。時間的な余裕は充分にある。仮眠をとるなど夜通しクルマを走らせてきた疲れをとるのも良いだろう。
いや――、
『水門を見に行ってみるか。その水門を管理しているじいさんに会ってみるのも悪くない』
『ふふん。分かったわ』
俺の右目に水門の場所が地図として表示される。
なるほどウォーミに向かう道にあった橋がどうやら水門だったようだ。
『ふふん。言っておくけど、そこはあくまで水門の場所ね。その水門を管理しているクソジジイは、このレイクタウンに居るから。それで、どうするの?』
水門を見に行くか、管理しているじいさんに会いに行くか、か。
『いや、それならそのじいさんに会いに行こう』
どれだけ厄介か会ってみるのも一興だ。




