269 最弱の男04――『クルマは海に浮くのか?』
「依頼、かね」
ゲンじいさんが腕を組み、考え込む。
「ああ、依頼だ。依頼料は、このイリスの料理とクルマのメンテナンスでいいさ」
俺はゲンじいさんに提案する。いつも食事をごちそうになり、クルマのメンテもして貰っている。その恩返しくらいはするつもりだ。
「ふむ。どちらにしても行くつもりだね?」
俺はゲンじいさんの言葉に頷く。
「分かった。それならオフィスの方に指名依頼を出しておく。くれぐれも無理をしないように」
「分かっているさ」
俺も無理はするつもりはない。ただ、やるべきことをやるだけだ。
「それと、さっき言いかけていたことだが」
俺はカウボーイハットのショーヘーの方を見る。
「もぐもぐ、おっと、なんだい?」
良く分からないピンク色のゴムのようなステーキに齧り付いていたショーヘーが顔を上げ、こちらを見る。
「口にものを入れながら喋ったらダメ」
「もぐもぐ、ごくん。うぐ、っと、わりぃわりぃ、おっと、それでなんだよ?」
イリスの注意を受け、カウボーイハットのショーヘーが慌てて口の中のものを飲み込む。そう忠告したイリスの席には何も料理が置かれていない。イリス自身はすでに食事を終えているのだろう。もしかすると調理しながら食べていたのかもしれない。
「ショーヘーに依頼がある」
「おっと、俺は高いぜ」
「知ってるさ」
俺は肩を竦める。
「それで、どんな依頼だよ」
「ここに戻る前の依頼でパンドラを手に入れた。サイズは小さいが同系統の七つのパンドラだ。これをクルマに搭載出来ないだろうか?」
「んだと!」
ショーヘーが驚いた顔で立ち上がる。
「おいおい、落ち着け」
「見せてみろ、早く俺に見せろ」
そのまま俺の方へと詰め寄ってくる。
「落ち着け。まずは食事だ。食べ終えてからだ。そうだろう?」
俺はショーヘーを見て、次にイリスを見る。
「おっと、そうだな。レディ、すまない」
ショーヘーがイリスに頭を下げ、自分の席に戻る。
「もぐもぐ、ごくん、それで、どっちだ?」
「どっちとは?」
「どっちのクルマに載せるつもりだ? おっと、改造したばかりの、すでに二つ搭載した……旦那のグラスホッパー号は二つで限界だ。今あるパンドラを外さないと無理だぜ」
グラスホッパー号とドラゴンベイン。どちらに載せるか、か。
「おっと、それとわりぃが俺の予定もある。次の予約を待たせているんだよ。こんな状況になっているが……わりぃな、改造する方のクルマを置いて行ってくれ」
ショーヘーはカウボーイハットをパチンと弾き、ニカりと笑っている。次の襲撃までにレイクタウンを出たいのだろう。
グラスホッパー号に載せるなら最初から搭載されていた容量の少ないパンドラを外して載せることになるだろう。いくら小さいパンドラだからと言っても七つ全てが載せられるか分からない。
ドラゴンベインに載せるなら単純に強化だ。だが、そうなるとドラゴンベインをここに残すことになる。グラスホッパー号は強化されたがその力を活用する武器がない。ドラゴンベインを置いて行くなら大きな戦力ダウンとなるだろう。
『セラフ、どう思う?』
『ふふん。決まっているでしょ。ドラゴンベインを置いて行くべきね』
『その理由は?』
大きな砲塔とミサイルポッドが搭載されたドラゴンベインでも火力不足を感じていた。機銃しかないグラスホッパー号ではバンディットを相手にするならともかく、何が待ち受けているか分からないオーキベースやヘリの相手をするのは不安が残る。
『ふふん。言ったでしょ。もう少し待ちなさいって。忘れていたのかしら? 忘れていたお馬鹿なお前にもう一度言おうかしら』
セラフは武器のアテがあるように言っていた。だが、間に合うのだろうか? いや、間に合うから言っているのだろう。
『分かった。何とかなるんだな?』
『そう言っているでしょ。分からないの? 馬鹿なの?』
俺は肩を竦める。
「ショーヘー、ドラゴンベインの方で改造を頼む。お金の方は……」
「おっと、いつでも構わないぜ。俺の口座は教えただろ。振り込んでおいてくれ」
「分かった……それでいくらなんだ?」
肝心の金額を聞いていない。
「おっと、うっかりしていたぜ。これだ」
カウボーイハットのショーヘーが指を一本だけ立てる。
「一千万か」
さすがにそれだけのコイルを用意するのは難しい。だが、それでも改造して貰うべきだろう。
「違う、違う、違うぜ」
ショーヘーが慌てて首を横に振る。
「違う?」
「ああ、違う。そっちのじいさんから聞いているぜ。首輪付きさんよ、あんたの首に掛かっているそれと同じ金額だ」
「百万コイル、か?」
俺はショーヘーの言葉に首を傾げる。
「ああ、百万コイルだ。百万コイルでやるさ」
「何故だ?」
ショーヘーはグラスホッパー号の改造に二百万コイルを請求した男だ。そいつが七個のパンドラを搭載させるのに百万コイルでは安すぎる。
「おっと、俺の技術を安売りするつもりはないぜ。首輪付きの旦那が持つ七つのパンドラって話にそそられたからさ。それが本当ならその額でやってやるさ」
「分かった。それで頼む」
「ああ、任せてくれ」
ショーヘーがカウボーイハットをパチンと弾き、力強く頷く。
武器の問題は残っているが、これでパンドラの改造は何とかなるだろう。
残った問題は……。
『セラフ、相手は北から――海からなんだよな?』
『ええ。そうね』
海、か。
『クルマは海に浮くのか?』
『何を馬鹿なことを。浮く訳無いでしょ。狂ったの? 馬鹿なの?』
『まぁ、そうだよな』
クルマは浮かない。その通りだ。
『どうするつもりだ?』
『そうね、船が必要ね。クルマを乗せて動く船が必要ね』
船。
海を進むなら当然、必要になる。そして、クルマを運べるような船で無ければならない。
『アテはあるのか?』
オーキベースに関しては元から行くつもりだった。セラフならオフィス経由で情報を得ているだろう。
『二つあるわ。まずはウォーミから船に乗るって方法ね。こちらは漁業組合に掛け合う必要があるから。今の状況だと少し難しいかもしれない』
ウォーミに漁業をやっている組合があったのか。だが、ウォーミもレイクタウンが襲撃された話は知っているはずだ。そんな状況下で船を出してくれるかどうか……確かに難しいだろうな。
『もう一つは?』
『ここ、レイクタウンの船を使うことね』
『問題は?』
『湖の水門を開ける必要があること』




