264 神のせんたく49――「次は無い」
宴席の中央に無理矢理作られた櫓に、四人の少女たちが上がる。そして、そこに眼鏡をかけた巫女服の女がやって来る。
この集落を管理しているマスターだな。確か……、
と、そこで、このマスターの名前を知らないことに気付く。
だが、
『マスターの名前、か。それを知ったところで、今後必要になる情報とは思えないな』
『ふふん。カリウムね』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
『必要ないと思ったことをあえて教えてくれるのは、嫌がらせか?』
『あらあら。私の親切でしょ』
俺はわざとらしいくらいに大きくため息を吐く。
にしても、カリウム、か。水に酸素とオフィスのマスターたちは元素が好きなのだろうか。
「……ここに災いが祓われ、この地が解放されたことを宣言する」
眼鏡の巫女が流暢な言葉で何かの宣言をしている。どうやら、今後のために現状を解説してくれているようだ。
ヤマタウォーカーという災いが退治されたこと。
その偉業を称えること。
災いが消えたことで、徐々に緑が戻るであろうこと。
五人の候補者たちを称え、全員に褒美が出ると決まったこと。
そして、その偉業を忘れないために今後もセレクションを続けること。
などなど、そんなことを眼鏡の巫女は流暢な言葉で喋っていた。
『今後もセレクションは続けるのか。それにしても、ここのオフィスのマスターは急に流暢な言葉で喋るようになったな』
『ふふん、当然でしょ。負荷がかかっていたものが消えたんだから』
ヤマタウォーカーと実験施設の管理、か。どうやら、その二つはかなりの負担だったようだ。無くなって良いことずくめだな。
俺は櫓の上に立つ少女たちを見る。櫓を取り囲む酔っぱらいたちから、見ていて面白くなるほどの称賛の声を浴びている。
『実際にヤマタウォーカーを倒したのは俺なんだがな』
『あらあら。称賛されたかったの? お前は目立ちたくないとか言いそうなのに!』
俺はもう一度肩を竦める。
『お前は俺を何だと思っているんだ?』
『なんなのかしら?』
俺は小さくため息を吐く。
『称賛、か。ウズメ、と……一応、ミセンは分からないでもないが、ヤハスガなんて何もしてないだろう? 一緒でいいのか?』
『五人全員だから価値があるんでしょ』
『そういうものか』
『そういうものなんじゃない?』
『やれやれな話だな』
『まずますの話でしょ』
俺は本殿の前に作られた宴会場を後にする。
無駄に長い階段を降り、その途中で少しだけ振り返る。
……。
感傷に浸っている自分に思わず苦笑する。肩を竦め、階段を降りる。
『セラフ、ドラゴンベインの状況は?』
『まだしばらくかかりそうね。お前が愉悦を覚えてゆっくり歩いている間には追いつくでしょ』
俺はため息を吐く。
『お前は憶えた言葉を使ってみたい子どもなのか。いつもいつも一言か二言多いだろう』
『あらあら、あらあら!』
『それで?』
『はいはい。お前がこの街を出るくらいには間に合うから』
セラフは何処か投げやりな感じでそんなことを言っている。
……街、か。この集落は、とても街とは言えない代物だ。村レベルでしかないだろう。だが、それでもオフィスがあってマスターが居れば街なのだろう。
そういうものなんだろうな。
歩き続けると大きな鳥居といくつもの茅葺き屋根の家、田んぼが見えてくる。やっと集落の入り口まで帰ってきた。
『今回はビーストに襲われなかったな』
『ふふん。少女にも、ね』
もしかすると、この周辺のビーストたちもオフィスが管理しているのかもしれない。
俺は無人の集落を歩く。村人たちはまだ酒盛りを続けているだろう。当分は戻ってこないはずだ。
無人……?
俺は鳥居を抜けた先に人の気配があることに気付く。
俺はその男の元へと歩く。
その薄汚れた格好をした男は、俺に気付くと、媚びた笑みを浮かべ駆け寄ってきた。
「ぼっちゃん、お恵みを。何があったのか、人の姿が見えないんで」
どうやら流れの物乞いのようだ。
俺は相手に聞こえるくらいのわざとらしいため息を吐く。
「恵まれないあっしのために、少しでも良いのでお恵みを」
薄汚れた格好の男はその場で座り込み、俺の目の前に蓋の開いた空き缶を置く。
……。
「分かったよ」
俺は懐から、それを――金属製のかんざしを取り出す。
それを空き缶に投げ入れる。
「ぼ、ぼっちゃん、これは……」
俺は驚いている男の耳元で囁く。
「戻ったら伝えてくれ。今回の件、借りではなく貸しだ、とな」
「そ、そいつあ……」
俺は男が何か言う前に、後ろ手で手を振り、その場を後にする。
今回の件。確かに領域も手に入り、パンドラが手に入り、ミメラスプレンデンスの賞金も手に入った。一石三鳥くらいだろう。俺にとっては得ばかりだ。
だが、駒のように踊らされるとは思っていなかった。
機械の腕九頭竜のこと、トールハンマーのこと、恩に感じている。個人的にも気に入っていた。だが、それとこれは別だ。
「次は無い」




