263 神のせんたく48――「待たせたな」
八つあるヤマタウォーカーの首から七つのパンドラを回収する。何故か一つだけパンドラが搭載されていなかった。
考えられる可能性は色々ある。
一つは最初から搭載されていなかった。ヤマタウォーカーを作成した時にパンドラの数が足りなかったのか、七個で充分だとケチったのか。
二つは誰かに盗まれている。ここには俺とウズメ、人造人間しか居ない。ウズメは常に俺と一緒に行動していたので除外して良いだろう。となると人造人間だが、この地のマスターを支配する前なら分からないでもないが、すでに支配は完了している。その状況でセラフが見逃すとは思えない。
そして、もう一つの可能性。
ミメラスプレンデンスが盗んだ。これが一番可能性が高いだろう。
もちろん俺が倒したミメラスプレンデンスが甦って盗んでいった訳では無いだろう。俺がこの岩戸に辿り着く前――俺がヤマタウォーカーと戦っていた時には盗み出していたと思うべきだろう。
だが、そうなるとその盗まれたパンドラが何処に消えたかという話になってくる。ヤマタウォーカーの中に入っていたパンドラは十センチ四方ほどの小さな箱だ。隠し持っていたミメラスプレンデンスごと消し炭になったか、実験施設の爆破に巻き込まれて消し炭になったか……まぁ、とにかく消し炭になっているのだろう。
あくまで可能性だが……ふぅ。
俺は小さくため息を吐く。
『やれやれだ』
『はいはい』
俺は集めたパンドラをドラゴンベインの中に隠しておく。これでとりあえず盗まれる心配は無いだろう。
俺は改めて金属製のかんざしを見る。
これをどうするか、だな。
『ふふん。オフィスに持っていけば買い取ってくれるでしょ』
『後は旧時代の遺物を集めている奴に売る、か』
『ふふん、そうね』
とりあえずミメラスプレンデンスの320万コイルという莫大な賞金が手に入る予定だ。それと比べればどちらを選んでも貰えるコイルは小銭みたいなものだろう。誤差だよ、誤差。
……。
着替えも終わり、パンドラの回収も終わった。とりあえずウズメのところに戻るか。
「あ、ガムさん」
俺が戻ると、ウズメはぼーっとした顔でふよふよと浮かぶカメラを眺めていた。
「待たせたな」
「だいじょうぶです」
俺の言葉にウズメが首を横に振る。
「それで、これからどうする?」
「もどります」
集落に戻る、か。
「戻っても大丈夫なのか?」
「だいじょうぶです」
ウズメはもう一度、大丈夫だと答える。だが、その言葉には何の根拠もない。大丈夫ではないだろう。
生け贄が戻って来る――それが集落の村人にとって良いことのはずがない。ヤマタウォーカーを倒したこともそうだ。ヤマタウォーカーに生け贄を捧げることを名誉とし、祭りとして騒いでいたような連中だ。喜ばれることではないだろう。
ヤマタウォーカーに生け贄を捧げると自然が甦り、田んぼが増える。生け贄になった少女の家族は繁栄する。それらが全て消えてしまうと思うだろう。喜ばれるはずがない。
だが、それらはここのマスターが調整していた結果だ。
『セラフ』
『はいはい。色々と言うくせに私を便利に使い過ぎじゃない?』
『お前にしか出来ないことだからだろう?』
『はいはい』
俺はウズメを見る。
「帰るか」
「はい」
俺はウズメを連れて歩く。
「あの、ガムさん、こちらのほうがちかみちです」
「そ、そうか」
ウズメの案内で山を下りる。
ウズメは小さな頃から(今でも充分、小さいが)野山を駆けまわっていただけあって、この山に詳しいようだ。
セレクションが行われていたのが夜ではなく、明るい昼間だったなら、俺の補助なんてなくてもウズメ一人でなんとかしていたかもしれない。
よく考えてみれば一人で山に入り、禁足地と呼ばれる、立ち入り禁止の場所で遊び、実験施設を見つけて、さらに情報を持ち帰る。やんちゃでは済まされないほどの行動力だ。
そりゃあ、他の生け贄候補も警戒するか。
俺は危なげなく先頭を歩くウズメを見ながら肩を竦める。
俺たちが集落に着くと、そこでは酒盛りが行われていた。徹夜明けのテンションだというのもあるのか、村人たちは馬鹿みたいに大笑いしながら酒を飲んでいる。
俺はそれをぽかーんと眺めていた。てっきり、集落に戻ったところで糾弾されるだけだろうと思っていた。だが、待っていたのは酒宴だった。
そんな俺の元にプロレスラーのような大柄の女が酒瓶を手にやってくる。
「飲め」
女は酒瓶を俺の方へと突きつける。
「その手」
「うごけばもんだいない」
女の両腕には、ひょろっとしたいかにも安物という感じの機械の腕が取り付けられていた。
「腕を機械化したのか」
「わたしのことはいい、飲め」
顔面にぐるぐると包帯を巻き付けた女――ククルが俺の前に酒瓶を置く。
「ククル、よかった」
割と元気そうなククルを見てウズメは少しだけ涙ぐんでいた。
「ウズメがおおきくなって、結婚して……ウズメの子どもを見るまでは死ねません」
ククルが屈み、ウズメと抱き合う。
……。
あれから数時間しか経ってないだろう。死にかけていたとは思えないほど元気すぎる。この集落に機械化の手術が出来る医者がいたことも驚きだ。
「もどってきたんだな」
二メートルを越す大男が現れ、俺たちを見て笑う。
「もう大丈夫なのか?」
「まだすこしあたまがふらふらするだあよ」
そう言いながら大男は酒瓶を一気に飲み干していた。頭がふらふらするのは酒の飲み過ぎだからだろう。
「おっと、俺の策が通じなかった奴らの帰還か」
冴えないおっさんが冴えないことを言っている。
「あなたは今回のしゅやくなんですよ。こちらにきなさい」
さらに扇をパチンパチンと鳴らしながらミセンが現れる。
「ウズメ、こっちですよ」
「こっちこっち」
「おそいんだから」
サンコ、カラスガ、ヤハスガ――他の生け贄候補だった少女も現れる。ククルがウズメを抱きしめていた手を離し、そっと送り出す。
ウズメが四人の少女たちに連れられて行く。
『どうやら、俺の取り越し苦労だったようだな』
『ふふん』
俺の言葉を聞いて何故かセラフは得意気に笑っていた。
2021年12月19日修正
出術 → 手術




