261 神のせんたく46――「ウズメ、これも神の選択だ」
『セラフ、何故、人工知能が魂の転写実験なんてものをやっている?』
『あら? それを知りたかったらマザーノルンに聞くしかないんじゃない?』
俺の質問にセラフの投げやりな言葉が返ってくる。俺は小さくため息を吐き、肩を竦める。
『それで、この子は生きているのか?』
俺はガラスケースに浮かぶ白い骨を指差す。
『私が言った意味が分からなかったの? 馬鹿なの? 生きてる? 死んでるに決まってるでしょ。それとも命とは何かみたいなことを言いたいの?』
俺は大きくため息を吐く。
ウズメは俺が何をやっているのか分からないのかオロオロとした様子でディスプレイと俺を見比べている。
『こっちはどうなんだ?』
俺はディスプレイの方を指差す。
『ふふん。記憶を複写して、それらしい反応を返すだけの代物を生きていると言うなら、そうなんでしょうね』
『お前が、人の心を――魂を理解しているとは思わなかったよ』
『あらあら。それが人だけのものだと思うのは少し傲慢でしょ』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
こいつにも心と呼べるものがあるのかもしれない。レイクタウンで待機しているカスミだってそうだ。人工知能にも、人造人間にも、魂はあるのかもしれない。
……。
だが、セラフには思いやりというものは無さそうだな。
『分かった。とりあえずここで何が行われていたか、何を実験していたかは理解した』
『ふふん。お馬鹿なお前が理解してくれて良かったわ』
相手を尊重するというのはコミュニケーションを取る上で重要な潤滑油だと思うのだが、命を理解する人工知能でも理解は出来なかったようだ。
『それで、少し聞きたい……いや、確認したいんだが』
『ふふん、何かしら?』
俺は首を横に振る。これは決めたことだ。
ただ確認するだけだ。
『ここを壊す!』
『はぁ!?』
セラフの予想通りの反応に思わず苦笑する。
『何か問題があるだろうか』
『まったく、少し調子に乗りすぎじゃない?』
『問題があるのか?』
『はいはい。無いから。無いようにしておくから』
『……助かる』
『あの賞金首が壊したことにすればいいでしょ。そして、その賞金首を私たちが倒した。これで問題ないから』
俺は状況が良く飲み込めていないウズメを見る。
「ウズメ、これからこの施設を破壊する」
「え?」
ウズメの顔が驚きの色に染まる。オロオロした様子で俺とディスプレイを見比べている。
ウズメにとっては、このディスプレイに表示されているAIはまだ生きているのだろう。いや、俺には分からないが、もしかしたら実際に生きているのかもしれない。
だが、これは生け贄を捧げるという風習を終わらせるために必要なことだ。
新しい可能性――生きているかもしれない先代の生け贄。だが、殺す。俺は壊す。
命を奪う、その咎は俺が引き受けよう。
『はいはい。それがお前の選択なんでしょ。この実験施設も停滞して結果を出せていないみたいだし、マザーノルンにひと泡吹かせることが出来るなら良い選択でしょ。いいわ、壊しましょう。ふふん、楽しいじゃない。こういうのってアレでしょ、命の洗濯とかって言うんでしょ』
『言わないだろ』
セラフの緊張感の無い言葉に、思わずため息が出そうになる。
「ウズメ、これも神の選択だ」
「え?」
ウズメは驚いた顔のままだ。
「神は壊せと言っている」
神の娘は、か。
俺はディスプレイに拳を叩きつける。
そのままガラスケースの前まで突っ込み、左拳を叩きつける。ガラスケースに入っていた緑の液体がどろりと流れ出す。
『ねぇ、馬鹿なの? お前一人で頑張って壊すつもりなの? 馬鹿なの? 馬鹿でしょ!』
『何が言いたい?』
『はいはい。自爆装置を起動させたから』
『はぁ!?』
『ふふん』
セラフは俺の反応に苦笑している。
『あのね、お馬鹿さん、こういう施設には機密保持のために自爆装置がついているものなの』
実験施設内に警報が響き渡る。そしてカウントダウンのアナウンスが流れる。
「ウズメ、この施設はすぐに崩壊する。急いで逃げるぞ」
「え? あ、はい」
俺は困惑しているウズメを抱え上げ、出口へと走る。
『こういうのは出口前に何かイベントが待ち構えているのがお約束だが……』
『ふふん。何の反応も無いから。残念でした。お前が期待しているようなことは何も起きないから』
格納庫を抜ける。それを待っていたかのように次々と爆発が起こり、火と風が俺たちを追いかけるように荒れ狂う。
『セラフ、起動が早すぎるぞ』
このままでは爆発に巻き込まれる。
『……やられたみたい、ね。あの賞金首が仕掛けていたようね』
セラフはのんきにそんなことを言っている。
爆風が迫る。
俺はとっさにウズメに覆い被さり、その身を守る。
「ガムさん」
「喋るな。肺が焼けるぞ」
俺の体を炎の嵐が飲み込む。
そのまま爆風に押し出され、吹き飛ばされる。洞窟からはね飛ばされ、並んでいる木に打ち付けられる。
息が止まる。
それでも俺は抱えているウズメを見る。
……なんとか無事だ。
俺の体は地面へと投げ出され、そのまま仰向けに倒れる。なすがままだ。そんな俺をウズメが泣きそうな顔で見ていた。
「が、ガムさん……」
「大丈夫、だ。この程度、すぐに、治る」
息が苦しい。
肺が焼けているのかもしれない。
だが、すぐに再生するだろう。
……生身のウズメが無事で良かった。




