256 神のせんたく41――「同感だね」
『セラフ、ウズメにナイフを投げ渡すように伝えてくれ』
『はぁ? 私にどうやって伝えろって言うの? 馬鹿なの? 想像力が足りないの?』
俺は考える。セラフはドラゴンベインを遠隔操作しているが、その本体は俺の右目にある。何か喋ったり、話しかけたりすることは出来ないだろう。ドラゴンベインにセラフの人形が乗り込んでいれば話は違ったのだろうが――まぁ、その場合はセラフの人形にナイフを投げ渡させれば良いだけの話なんだが……。
『確かに。だが、文字で伝えることは出来るだろう?』
『ふふん。アレが文字を読めるとでも?』
セラフのウズメを馬鹿にしたような笑い声が頭の中に響く。なるほど。確かにセラフの言いたいことも分かる。ウズメは天涯孤独の身で、何処からどう見てもまともな教育を受けたようには見えない。喋ることは出来ても文字の読み書きは出来なさそうだ。
『問題なく読めるはずだ』
だが、俺の予想が正しければ……いや、違うな。確信を持って言える。ウズメは読み書きが出来る。
『はいはい、分かったから』
ナイフのことはセラフに頼み、俺は目の前のミメラスプレンデンスを注視する。
八つの関門に参加した時と同じ狩衣姿だ。前回――マップヘッドで戦った時はレーシングスーツのような服に長く伸びた黒髪をうなじのところで一つ結びにしていた。今回はその黒髪をポニーテールにしている。微妙な変化だが変装のつもりだったのだろうか。
「何を待っているのかしら」
ミメラスプレンデンスは楽しそうに頭を揺らしながら笑っている。
「あんたを倒す手段さ」
そして、ナイフが飛んでくる。相手が受け取ることを考えていないかのようにくるくると回りながら飛んでくる。
俺はそのナイフを左手で受け止め、逆手で握り直す。
「あら? そんな危ない持ち方をすれば危険だと教えたはずなのに……」
ミメラスプレンデンスが首を傾げている。
「危険が危ないのか。それは大変勉強になるな」
ナイフを持った左腕を前に出し、構える。
ミメラスプレンデンスが動く。舞うように長い袖を持った狩衣を浮かせ、こちらへと迫る。
鋭い蹴り――俺はナイフを構えたまま、それを見極める。腕へと注視させ、足が来る、か。この女が足技を得意としているのは知っている。それは、その動きは読んでいる。
俺は迫る鋭い蹴りに蹴りを放ち迎え撃つ。蹴りと蹴り。その力は拮抗していた。
「力を得て調子に乗っているのかしら?」
ミメラスプレンデンスは病んだ瞳で俺の人狼化した姿を見ている。俺の瞳を見ている。目、瞳――その俺の死角から袖が飛んでくる。見えなかった、だが、分かっていた。
俺はその攻撃を左手に持ったナイフで迎撃する。この攻撃も、蹴りも、どちらかが本命だった訳じゃないだろう。どちらも本命だ。
だが、今の俺の方が速い。
俺の方が力が強い。
人狼の力を借り、ナイフを振り抜く。ミメラスプレンデンスの腕が――右腕がナイフによって切断され、宙を舞う。
俺はあえて口に出す。
「片腕、いただいたぞ」
「もう勝ったつもり? ふふ、お馬鹿さんね」
ミメラスプレンデンスがセラフを思わせるような笑い方で顔を歪ませる。
『はぁ? こんなのと一緒にしないでくれる』
『今は少し黙っててくれ』
俺の胴をなぐようにミメラスプレンデンスの左腕が動いていた。腕は二本ある。もう一つが攻撃に動いていたとしてもおかしくない。
俺はその攻撃を前へと飛び出し受けることでヒットポイントをずらし、致命傷を避ける。そのままナイフをミメラスプレンデンスの首目掛けて振るう。
「勝ったと思った時が一番無防備だって知ってたかしら」
ミメラスプレンデンスは小さくそう呟いていた。
やはり、か。俺は気付いていた。俺の背後に、それはあるのだろう。見えてはいない。視界の外だ。
多分だが、それは俺が切り落とした腕だろう。
ミメラスプレンデンスの体も俺と同じようにナノマシーンで創られているはずだ。ただ斬り落としただけでは意味が無い。
やったと思った俺の背後から斬り落としたはずの腕が攻撃をしてくる。奴の浮遊する手のひらにはいつの間にかナイフが生まれていた。
「同感だね」
勝ったと思った時が一番無防備だという言葉は同意しておこう。
背後からの一撃を回避し、俺は爪の砕けた右腕を握る。
『斬鋼拳!』
放つ。
狙っていた一撃、全てを切断する拳を放つ。勝ったと思い、無防備になっていた胴へと放つ。
ミメラスプレンデンスの体が斬れる――放った俺のナノマシーンを中心として裂けるように胴が離れる。
倒した……いや、違う。
「それならもう見た」
ミメラスプレンデンスが病んだ瞳を歪ませ、そんなことを呟いている。こいつはヤマタウォーカーの中から俺が放った一撃を見ていたはずだ。斬鋼拳は元々、こいつが使っていた技だ。熟知していてもおかしくない。
奴が、いつの間にか生まれていた両手を、こちらへと向ける。その手が先端から消える。
――全てを切断する一撃。
ミメラスプレンデンスは自身を構成しているナノマシーンに命令し、あたかも俺の一撃で斬り裂かれたかのように体を分離させていただけだ。ナノマシーンで創られた体だからこその芸当。
だが、俺はそれを予想していた。出来るはずだと思っていた。そして実際にこいつは使って見せた。
俺の左腕、それはすでに無数の触手へと別れている。
その一つがナイフを持ち、攻撃を放とうとしていたミメラスプレンデンスの背後から迫り、その首を切り落とす。
ミメラスプレンデンスの頭は病んだ瞳で俺を見たまま地面へと転がり落ちた。
後だしジャンケンのような戦い。それを制したのは俺だった。
転がり落ちた頭を蹴り上げ、脇に抱える。
俺はそれを見ていた。
「首を切り落とすなんて女の子に酷いじゃない」
脇に抱えた首が笑っている。斬り落としたはずの首からは血が一滴も流れ出していない。
「ツッコミ待ちか?」
俺は肩を竦める。余裕ぶってはいるが、俺は内心、少し焦っていた。そろそろ人狼化が持ちそうにない。
「これで分かったでしょ? あなたには勝ち目がないの」
俺は大きくため息を吐き出す。
「あんたはコックローチよりも上なのか、下なのか。どっちなんだ?」
「ふふふ」
ミメラスプレンデンスは楽しそうに体を揺らし笑っている。
「……いや、答えてなくてもいいさ。賞金額ではコックローチが上だ。そのコックローチを倒した俺があんたに負けるはずがない。そうだろう?」
小手調べはここまでだ。




