252 神のせんたく37――『八つ首と九頭竜、どちらが上か勝負だな』
「ウズメ、逃げろ!」
ウズメも馬鹿じゃない。この場に留まっていても邪魔になるだけだと分かっているはずだ。
ウズメが慌てて走り出す。
俺はこちらへと迫るヤマタウォーカーを見る。八つ首の竜を模した機械――ウズメが安全な場所まで離れるまで時間を稼がないと駄目だろう。
『生身で重機と戦闘か』
俺は左腕の機械の腕九頭竜を構える。
『八つ首と九頭竜、どちらが上か勝負だな』
無数の触手へと別れた機械の腕九頭竜がヤマタウォーカーの八つの頭に絡みつき、その動きを抑え込む。一瞬だが、その突進を止める。この機械の腕九頭竜を調整した、あの修理屋の少女は本物の天才だったのだろう。凄い力だ。
対抗している。
機械の腕九頭竜の性能に間違いはない。だが、生身の俺が耐えられない。俺という土台がその力に耐えられない。
俺の体が悲鳴を上げている。このまま力任せに抑えていると、俺の体はその力に耐えきれず砕けてしまうかもしれない。肩が外れ、中の骨が肉を突き破る。
『そんなことは分かっているんだよ!』
『ふふん』
セラフの余裕めいた、こちらを馬鹿にするような笑い声が頭の中に響く。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺は気合いを入れるように叫ぶ。
俺は両足を獣の姿へと変え、その力を使い踏ん張る。右腕で機械の腕九頭竜を支える。土台が耐えられないのなら、耐えられるようにすればいい。シンプルで分かり易い解決方法だ。
暴れ回る八つの頭を、その勢いを抑え込み、耐える。ただ受け止めるのではない、ただ抑えるのではない、その力を受け流し、相手がその力を発揮出来ないようにする。しっかりとした土台が出来たからこその技――技術だ。
『こんな暴走している状態が普通なのか?』
『そんな訳ないでしょ。馬鹿なの? 少し考えれば分かるでしょ。こんな暴れ回るものがあったら……』
『生け贄を差し出す意味が無い、か』
『ふふん。分かってるじゃない』
これが動物ならまだ話も分かる。餌として生け贄を求めている可能性があるからな。だが、生け贄を求めているこいつは機械だ。人を食べる訳じゃない。
試験を行い、選び、やって来た生け贄を無慈悲にすり潰す理由はなんだ?
『つまり単純に暴走しているから、か』
『正解。最初から分かっていたんでしょ』
本来こいつは、ただ、ここを守る門番でしかなかったはずだ。このヤマタウォーカーを誰かが意図的に暴走させたはずだ。
誰か?
そんなのは決まっている。
『ウズメはそろそろ安全地帯と合流出来ただろうか』
抑え込んでいた俺の体が少しずつ――ずりずりと後退を始める。俺の体はいつの間にか全身、人狼の姿に変わっていた。それだけの力が俺にのしかかっている。それでも耐えられない。
何もかも投げ出し、力のままに暴れ出しそうになる本能を意思の力で抑え込む。
俺の心が破壊衝動に荒れ狂っている。
『馬鹿力だな』
心を落ち着かせ、必死に耐える。
『ふふん。当然でしょ。八つの頭、その全てに小粒のパンドラが搭載されているんだから』
「は?」
思わず声が出る。
八つの……パンドラ? 頭に、それぞれに、動力を搭載している?
……なるほど。
『お前が、欲しがる訳、だ』
牙の生えた歯を食いしばり、耐え続ける。
『ふん。それを少しの間でも押さえているお前が異常よ。こいつの質量が何tあると思っているの?』
『キングサイズだから百トンくらいだろうか?』
『その質量から生まれる突進がどれだけのエネルギーを持っているか分かっているの? 馬鹿なの?』
セラフの言葉には、何処かすねたような……そんな雰囲気があった。
『それでもお前は、俺なら出来ると思ってくれていたんだろう?』
『はいはい。そうね、お前みたいなお馬鹿には敵わない』
『お褒めに預かり光栄だな』
『はぁ? 馬鹿なの』
セラフと馬鹿なやり取りをしているが、それほど余裕がある訳ではない。なんとか少しずつ後退する程度で勢いを殺しているが、それももう限界だ。俺の技術、獣の力、機械の腕九頭竜、全てを使っても、止めることは出来なかった。跳ね返すことは出来なかった。これが生身の限界。
ただ時間を稼ぐことしか出来なかった。
そして、その時が訪れる。
俺の体がヤマタウォーカーの力に負け、吹き飛ばされる。だが……。
俺は無様に宙を舞いながらも、自身の口角が自然に上がっていくのを抑えることが出来なかった。
爆発が巻き起こす閃光、音。
俺はとっさに両手を交差し、身を守る。生まれた爆風が俺の身を焦す。そのまま転がり、そちらへと走る。それは、キュルキュルと無限軌道を鳴らし、こちらへと動いている。落ち葉や枯れ枝を踏み潰し、木々の合間からドラゴンベインが現れる。
ドラゴンベイン!
ドラゴンベインの砲塔が動く。マズルブレーキが前後し、大きな煙をたなびかせる。その一撃が、突進しようとしていたヤマタウォーカーの頭の一つを跳ね返す。動きを止める。
俺は走り、ドラゴンベインへと飛び乗る。そのままハッチを開け、中に滑り込む。
「え!」
そこには驚いた顔のウズメの姿があった。
「俺だ」
「ガムさん? そのすがたは……」
「話は後だ。とりあえず、アレを片付けるぞ」
俺は操縦席のシートに座る。
『ここからが本番だ』




